今日のブログも 脱線を前提としてスタートしたい。 お題より先にまず考えたいのは クラシック・ミュージシャンについてである。 クラシック音楽を演奏するからクラシック・ミュージシャン ではない。 押尾コータロー氏が …続きを読む
やや図式的かもしれないが
三十年くらい前から気付いているが、ここ数年は特に強く感じることが多い。 差別する側は 自らが差別的な視点を持っていることに対し鈍感になり 差別される側は 差別されることに対し過剰に敏感になり易い 差別と被差別…続きを読む
それはどうでしょう?
先月、生徒のひとりがコンクールを受けた。 私がすすめたわけではない。私はコンクールはきらいなのだ。だが彼は若く、今後プロとして活動してゆきたいと考えているので、「コンクールの場で評価されたい」という気持ちも全くわから…続きを読む
『アランブラの思い出』の思い出
最近 街を歩いていて思ったのは「若いひとがやたら多いな」ということ。しかしふと冷静に考えると それは若いひとが増えたというよりも たんに自分が歳をとっただけだということに気が付いた。まったくなんということでしょう・・…続きを読む
野暮な話
パリのオリンピックもそろそろ終わりに差し掛かっている。 若いひとが活躍するのを観るのはやはりいいものじゃよ。しかし毎回思うのじゃが、スポーツを国家別にやる必要がどのくらいあるのだろうか?せっかく個人を応援する気で観て…続きを読む
近頃のわたし
レッスンに来た生徒さんから「先生、おげんきですか?」と声をかけられることが最近よくある。 寒さに弱く、暑さに強いわたしは至極元気に過ごしているのだが、どうもご心配をおかけしているその原因は、先々月のブログで公開弱音を…続きを読む
ギタリストの周辺(6)
この連載エッセイも終わりに近い。 と、いうわけで今回の話で最も重要だと思われる部分に今日は切り込んでゆく。すなわち、、、 ”【ギタリストの手によるギター・オリジナル曲】に対し、奏者が手を入れるのはアリか?” どうでし…続きを読む
ギタリストの周辺(5)
”オリジナル曲”と言うと、その曲がつくられた「最初の状態」を指すことが多いと思う。 滝廉太郎のふるさと大分県竹田市には、『荒城の月』廉太郎オリジナルヴァージョンに対する愛着とこだわりがある人が多い。そう、ご存じの…続きを読む
ギタリストの周辺(4)
編曲とはなんだろう? 今日はこの問いに、私なりにちょっとだけ真剣に向き合ってみたい。 基となるメロディー、うた、あるいは楽曲があり、それをオリジナルとは違う楽器や編成のために《音を組み直す》こころみである。クラシ…続きを読む
ギタリストの周辺(3)
わたしは別に専門領域を特権化したいわけでもなく、ハッタリをかましたいわけでもないので、「演奏によってスタイルを描き分ける」ということに関して、少しだけ具体的に触れておこうと思う。 たとえばあなたが『カバティーナ』…続きを読む