あれは7歳になってすぐの頃だった。 母のマリンバの先生の紹介で、私は“ギター教室”へ通う事に決まった。 当時住んでいた福岡市東区の香住ヶ丘から天神の大丸ビルのそばにあるギター教室…続きを読む
親愛なる先生(齊藤賀雄編その4)
「私はこう弾きたい、といわれたらそれはもちろん自由なんだけど、 それだったら僕がここに来る意味は無いんだ。」 齊藤先生のアドヴァイスはその全てが、いっさいの権威とはかけ離れ 「ただ音楽を活き活きと演奏する喜…続きを読む
親愛なる先生(齊藤賀雄編その3)
“音泉講座”初参加の2002年以来、齊藤先生から戴いたものは 本当に計り知れない。 大きなことのひとつとして、音楽の“好き嫌い”が無くなったこと が挙げられる。 低音の同じ音の連打にしても、ア…続きを読む
親愛なる先生(齊藤賀雄編その2)
お気楽な名前の「温泉講座」だが、2002~2009年のあいだ計8回参加させて頂いた 中で、はじめの三年ぐらいは温泉を楽しむ心の余裕などとても無かった。 それまでの私が積み上げてきた「ギターソロをそれらしく聴…続きを読む
親愛なる先生(齊藤賀雄編その1)
あれは2002年の年が明けて間もない頃であった。 当時よく演奏をご一緒させて頂いてた九州交響楽団のヴァイオリニスト荒田和豊氏から “フルートの素晴らしい先生が年に1回されてるアンサンブル講座に…続きを読む
親愛なる先生(パブロ・マルケス編その3)
当時のパブロ先生の住まいは、パリ市内のアパルトマンの5階だった。 ところが建物が古く、なんとエレベーターが無かった。 たかが5階と思うでしょ? フランスでは1階の事を「0階」と呼ぶのよ。知ってた? (困った民族です。ほん…続きを読む
親愛なる先生(パブロ・マルケス編その2)
その後も何と無く気になっていた私は、パブロのCDを買い、何と無く聞いているうちに そのCDはいつしか私の一番の愛聴版になっていた。ルネッサンス音楽の大家フランチェ スコ・ダ・ミラノのいくつかのリチェルカーレとファンタジア…続きを読む
親愛なる先生 (パブロ・マルケス編その1)
私がパリにギター留学したのは94年、23才の時だった。 日本を代表するギタリスト福田進一さんのご紹介で、福田氏の師匠であるアルベルト・ポ ンセ先生のもとで勉強させていただけることになった。 ただ事前の噂では…続きを読む