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スマホレス~2025

 

わたしはスマホはおろか、携帯、PHSすら持ったことがない。

過去には、露骨に非難もしくは説得してきた人もいる。「持たないほうがいいですよ」と持っている人から言われることもよくある。

ひとつわかったのは、《持たない》というわたしの行動そのものが、持っている人に対する【アンチテーゼ表明】と感じてしまうひとが結構多い、ということだ。

ところが、本人はそんなつもりは一切ない。持ってるひとを非難したことも一度もないし、持ちたいひとが持ってるんだから、それに対してわたしがいったい何を言えるだろう。

仮にわたしが組織に属する人間として(例えば会社勤めなど)の身であったなら、必ず持つことになったと思う。ただ現実的にわたしのような個人自営業の人間の場合、固定電話とパソコン・メールがあれば実際じゅうぶんに事足りる程度の仕事量なのである。

これまで非難してきたひとの言い分は決まっていた。「すぐに連絡がつかないことで周りに迷惑をかける」というもの。だが携帯やスマホを留守電にしている時点で「すぐに連絡がつかない」状況なのはまったく同じである。メールにしたって、相手によっては1日~3日放置されることもあるから、これはもはや機器を所持しているかどうか云々、、の次元の話ではない気がする。

と、まあ以上のようなことはあるのだが、わたしは決してスマホに反対の立場をとっているわけではないことをあらためて言いたい。ただ、なぜ自分が《持たない》のか、その理由をこれまでちゃんと話したことがない気がするので、この場を借りて言おう。

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今後《持つこと》が当たり前すぎる世の中で、《持たない》人間が社会からどのようにはじかれてゆくか、あるいは《持たない》人間が健全に生きてゆくすきまが今後どのくらい残されるのか、それを《持たない》側の立場で見届けたい、、、、というのが当初からあったのだ。あほでしょ?(笑) でもそういう自己実験的なスタンスで世の動きと自分を見ていると、いろいろと気付いたり面白いこともある。

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あれはわたしが十代後半の頃だったと思うが、ある日ギターレッスン(するほうじゃなく受けるほうね)に行くと、あたらしもの好きの師匠が「これ買ったんだよ」と言って携帯電話を見せてくれた。トランシーバーよりもでかい当時の携帯電話を嬉々として手にしながら、「でもね、まだ誰も電話してくんないんだ」「これ番号だから。松下君にもあげとくね」

その後ポケベル、PHSを購入した時も、師匠はいつも嬉々として見せてくれた。

それが今やインターネット機能、カメラ機能まで、、、いやはや、すごい時代っすよ、天国の師匠・・・。

それと同じような感覚で、インターネットのなかった頃、さらにさかのぼってコンビニのなかった頃の世の中を時々思い出すわたし。

その頃は、アイスクリームは夏にしか、あんまんと肉まんは冬にしか売られないものだったが、それだけに季節感満載だった思い出がある。

これもこう言ってるからといって、べつにコンビニの存在を非難してるわけではない。

それはそれでたのしかったな・・・というだけの話。

 

おしまい。

 

 

2025.05.14.

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“スマホレス~2025” への3件のフィードバック

  1. Y より:

    今や福岡市においてはですが、
    市立の小中学校では、欠席連絡、部活動連絡、給食献立を含む学校からのお便り、緊急連絡はスマホを介してです。
    子育てには<要!>なアイテムということか?いつから?と。
    そして昨日、放課後の校庭解放の遊びの場でも、参加には<スマホ+アプリ+保険加入>がセットと知ったところです。市が業者に委託している遊び場事業だから仕方ないのかな…。でも上の子どもが小1だった七年前にはなかったこと。
    七年前はひと昔ということ?でも進化とか進歩とは特に言わないよね、とは親子の会話でした。

    • 松下隆二 より:

      Yさま
       
      「持ってるのが当然」という感覚がどんどん加速してゆくのは、まあそういうものですよね。
      持ってないひとに対して、どういう”当たり”になってゆくのか、スリルも加速しています(笑)。
       
      「不便というものの価値を見直してみないか?」というコンセプトでCD『さくらに寄せて』を製作している最中に東日本大震災および原発事故が起こった時は、二重の意味で無力感を感じた思い出があります。

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