唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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2012年を終えるにあたって

 
年を経るにつれ、一年という周期のなんと早く過ぎる事よ、、、。
 
 
素晴らしいフルーティストであり、教育者であった故齋藤賀雄先生がおっしゃっていた。
 
「12という数字は、ひとにとって意識の持続が可能な、ギリギリ限界の数なんだ。
だから世の中のいろんなことが12で区切られてるし、西欧音楽でも12拍子を超える
リズムは存在しない。」
 
 
“13”が数として「不吉」だという考え方も、おそらくその辺と関係があるのかもしれ
ない。いずれにせよ人間という生き物にとって、「周期」もしくは「区切り」といった
捉え方は、本能的に必要なものなのだろう。
 
 
個人的なことを言うと、今年はわが人生における記念すべき“本厄年”であった。
年明けに厄払いをしたものの、何と無く落ち着かない一年間であった事は白状したい。
幸い例年並みレヴェルで良い事、良くない事、いろいろあったが、一年間健康に過ご
せたことを何よりも感謝したいと思う。
 
しかし「自分が良いだけで感謝」なんて、そんな脳天気な事でいいのかと思うくらい、
世の中を見ると悲しい状況である。
 
 
昨年に続き、今年も10月に4日間かけて福島をまわった。
現地の新聞では毎朝一面に、原発関連のニュースが載っており、原発の問題と向き合って
生活せざるを得ない人々の状況を目の当たりにした。
ところが東京に行くと、その空気感は明らかに薄まり、さらに九州に帰ると、もはや別の
国の話のように現実味が無い。
「そんなのしょうがないじゃないか。」で、本当にいいと思うのか?
とりあえず「日本は震災後どういう状況になったのか」「原発というものが如何に危険で
不要なものか」「国民大多数の意見に反して、なぜこの期に及んで原発を動かそうとする
人間がいるのか」を知るために、京都大学原子炉実験所助教である小出裕章氏の著書に
一冊でもいいから目を通す事をおすすめする。
 
 
日本の事がもし仮にうまくいったとしても、海外に目を向ければ、さらに悲しい状況で
ある。
アメリカ政府の暴力的な対外政策により、第二次大戦後世界中のいたる所で、女子供を
含めた非戦闘員が殺され続け、その状況は現在に至るまで少しも好転していない。
そのアメリカ政府の“顔色”をひたすら伺いながら、支援する事で成り立っている、今の
日本の“見せかけだけの豊かな生活”を手放せればどんなにいいか、と思う。
しかし、これはもちろん私の一存では如何ともしがたい。
久しぶりに選挙の投票にも足を運んだが、開票結果を見て「一票の軽さ」をあらためて
認識させられたに過ぎなかった。
 
 
今年の活動で特に印象に残っているのは、春先におこなった木下尊惇さんとの九州各地
でのコンサート、大阪守口での“かささぎ兄弟”との共演、東京下北沢での“ピカイア祭”、
久留米音協合唱団と共演した十何年ぶりの「クレーの絵本」、AGA合宿の参加、福島
ツアー、久留米大学市民講座の“松永伍一”特集、そしてやはり11月の“ピカイア・パンデ
イロ・スペシャル”との共演、といったところ。
こうして振り返ると、アンサンブルにおいて、とても充実した一年だった、、、。
 
 
それでは皆さんがこれをご覧になるのは、おそらく来年の事でしょうが、私のオフィ
シャル・サイト初の“年越し”という事でご容赦ください。
 
来年も皆様にとって良い年でありますように。
 
2012・12・31

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“2012年を終えるにあたって” への4件のフィードバック

  1. 年を明けてしまいましたが、
    本年もよろしくお願い申し上げます。
    3.11の震災と、そうして原発事故はいまだ何も解決はしておりませんが、
    世論と政治は、美談等々の話題で、それをすでに過去のものとして扱おうとしています。
    しかし、私はもう、マスコミの発する情報を信じることは止めました。
    たとえば、
    先生方が現地に参られる。
    生の声をお聞きになる。
    他にも、福島に行った方の話を聞く。仙台の親戚の話を聞く。
    まだ何も終わっておらず、始まってもいない。
    私は小さな存在ですが、それをせめて周りの方に伝えたいと思います。
    おかげさまで、先生の元で学ばせて頂き、五年の歳月が過ぎました。
    実を申しませれば、
    本厄で大病を患い、どう生きていいかわからないまま、再び手にしたギターでした。
    どうぞ、これからも、ご指導のほどを。

    • ryuji より:

      明けましておめでとうございます。
      今年も早速のコメント有難うございます。
      「まだ何も終わっておらず、始まってもいない。」
      本当にそうですね。
      昨年ふくしまに行った時の一番強烈な思い出は、木下さんのご紹介で
      震災後知り合う事ができた「阿部さん」という老夫婦の暮らす仮設に
      お邪魔した時の事です。
      海で漁をして生計を立てていた阿部さんは、震災の日に大切な息子さんを
      津波で失いました。
      息子さんは消防団の仕事もされており、あの日街の人たちに避難を呼び
      かけながら御自分の身を犠牲にして、職務を全うされたのです。
      (ちなみに僕と同い年です)
      一昨年にもお邪魔し、大変心のこもったおもてなしを受けたのですが、
      今回はさらにすごいご馳走でした。
      おなかも落ち着き一段落したころ、阿部さんが突如言い出しました。
      「そうだ、津波の映像あるけど見っか?」
      機械の苦手な老夫婦に代わり、渡されたDVD-Rをプレイヤーにセット
      しながら,私は身の内が震えるのを感じました。
      おそらく津波が怖いというより、「阿部さんと一緒に見る」ことに
      ためらいや戸惑いを感じたためでしょう。
      映像は淡々と流れてゆきます。
      まるで遠い昔の遠い出来事であるかのように、
      解説やコメントをはさむ阿部さんのふくしま弁も
      やはり淡々としています。
      しかしこのご夫婦にとって、これまでの生活や大切な息子さんの命を
      うばったあの日の出来事が、「遠い過去」になるはずがない、、、。
      まさに「何も終わっておらず、始まってもいない。」
      阿部さんのような思いをされたすべての皆様にとって、
      「あの日のこと」がほんの少しでもいいから「遠い過去」へと向かって
      欲しい、、、。
      そう祈りながら、日々の生活を送っています。

  2. おまけ。
    今年は、合宿に行きたいです!

    • ryuji より:

      行きましょう!!
      日取りが決まったらご案内します。

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