今日、松本富有樹さんとリハーサルの折、彼の口から山下和仁氏の訃報を聞いてショックを受けた。
命日は四日前の1月24日、享年64歳。
ご長女の紅弓さんと共にコンサートをする機会はあったが、和仁さんご本人とお話する機会はついになかった。
私が生まれて初めて聞いたクラシックギターのコンサートは、山下和仁氏の「展覧会の絵」全曲演奏だった。当時小学校低学年の私はコンサートのあいだほとんど寝ていた。当時の演奏を今聴くと凄まじい限りだが、幼い私が出会うには早すぎた。アンコールのアランブラの時だけ起きていて、その記憶は薄っすらとある。
その後も師匠に勧められて、親に連れて行ってもらったコンサートは和仁さんのものばかりだった。ギターの世界が全く分からない当時の私は、和仁さんの演奏に触れながら「このくらい弾けないとプロになることは出来ないんだろうな」などと思っていた。比べる対象が他になかったのだから当然といえば当然だ。
九州大学経済学部に勤めていた父が、長崎大学経済学部の先生づてに、当時学生だった和仁さんのサイン入りレコードを4枚もらってくれた。まるでワープロの活字のような独特な筆跡で、演奏以上にショックを受けた。『火の鳥』『展覧会の絵』『ヤナーチェク室内管弦楽団とのヴィヴァルディギター協奏曲』『内なる想い』の LPレコード4枚で、今でも大切に持っている。
その後ギターを学べば学ぶほど、私にとって山下和仁の存在は、はるか遠くなっていった。そしてはるか遠いまま今に至る。
そんな私が一瞬だけその存在を身近に感じたアルバムがある。1996年の『タンスマン:ギター作品集』である。

25歳フランスから帰ってきたばかりの頃の私が「ギターってこんなに美しいんだ」と思わずにいられなかった、そんな思い出のアルバム。
特に信奉して追いかけた訳ではないが、山下和仁というのは、私にとっていち個人ギタリストではない。それはセゴビア、ブリームと同じように、ひとつの時代の象徴だった。亡くなった今だからわかる。あきらかにそうだ。
心よりご冥福をお祈りする
2026.1.28.