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コンサートにおけるプログラミングの重要性

 
われわれミュージシャンが“プログラミング”の問題でアタマを悩ませている時、その言葉が
どういった意味合いを持つのか一般の方々は理解できるだろうか?
非常に解りやすく言うと、それは「コンサート」もしくは「リサイタル」におけるプログラムの
組み方の事をさしている。すなわち「何の曲をひくか?」といった“選曲”の問題と、「それらを
どういった順でひくか?」という“構成”あるいは“配置”の問題である。
 
 
 
2006年にCDの録音を御一緒させて頂いた九州交響楽団の主力メンバーの一人でもある
ヴァイオリニスト荒田和豊さんは
「コンサートがうまくいくかどうかは“プログラミング”でほぼ決まんネン。」
とよくおっしゃっていた。実際いろいろな場面で演奏してきたが、荒田さんと御一緒した時は
いつもお客様は満足して帰っていくように見えた。
当時は荒田さんの「流暢な関西弁トーク」の効果かと思っていたが、今振り返るとやはり
「プログラミング」が大きかった。
思い返せばわれわれのデュオ・コンサートのプログラミングは、いつも暗黙で荒田さんが
決定していたのだ。
 
 
 
中学生の頃、洋楽にハマっていた私の趣味は、お気に入りアーティストの“ベスト盤”を作る事
だった。60~90分のカセットテープに好きなミュージシャンの好きな曲をひたすら放り
込んでゆく(ダビングしてゆく)だけなのだが、これが今思うと随分と“プログラミング”の
訓練になった。
「A面の最初は今回はこの曲でいこう。」「これの次はやっぱこれっしょ!」「これとこれが
続くとB面のバランスが崩れるな、、、。」などと悩みながら一週間に2本は作っていた。
 
 
これはいわゆる“コンセプト”とは別の問題である。
“コンセプト”は全体のイメージを方向付けるワクのような存在であり、料理に例えるなら
「フレンチ」「イタリアン」「中華」「秋の食材」「魚料理」みたいなもんである。
いっぽう“プログラミング”とはコース料理の“流れ”のようなもの。
はじめに「前菜」がきて「スープ」がくる。様々な彩りや味わいを経て「メイン」に向かうに
つれ徐々に重さが加わり、最後は「デザートとコーヒー」でしあわせな余韻を楽しむ、といった
感じの、、、。
 
 
いまから二十年近く前だろうか。
クラシック・ギターのリサイタルでアンコールに「大曲」を弾くのが流行った時期があった。
来日した外国人ギタリストの何人かはリサイタルのアンコールに12分以上もある大曲
「コユンババ」を弾き、その影響で地方のギタリストも自分のリサイタルのアンコールで
「コユンババ」「グラン・ホタ」などの大曲を弾く現象が一時的に蔓延した。
ダブーに敢えて挑戦することに意味はあるかもしれないし、それが新しい感覚を開く突破口に
なることも充分にありえる。
だがあれはメイン・ディッシュで既に「お腹いっぱい」な人間にとってはまさに拷問的な量の
デザートだった。
個々の味のクオリティ云々の話ではないのである、、、。
 
 
 
数ヶ月前、わたしはあるコンサートを聴いた。
“コンセプト”のしっかりしたコンサートだった。
個々の曲に対する演奏のクオリティも最高級で申し分なかった。
だが後半に向かい、客席全体の“気”がバラけてゆくのが感じられた。
非常に乱暴な言い方をするとしたら、「濃いしょうゆ味」の料理が続いたためである。
そのコンサートは「しょうゆ味」というのがコンセプトとなっていたため無理のないことでは
あったが、そのコンセプトで全体の流れを良くする方法がないではない。
 
①「しょうゆの濃淡」に変化をつけ(演奏表現の密度にヴァリエーションを持たせ)、流れを
良くすること。
②料理の量(曲の規模)を変えることで変化をつけること。
③メイン・ディッシュは基本的に一部の最後、もしくは二部のアタマに持ってくること。
 
部分的に手抜きをしろ、と言っているのではない。
「料理の一品一品に全力投球すること」とは“別の次元の配慮”が必要だ、と言っているので
ある。
 
 
そういえばむかしキューバ人ギタリストM.バルエコが、リサイタルの冒頭にバッハの
「シャコンヌ」
を見事に弾ききった事があった、、、。
 
 
やってみたかったんだろうな、きっと、、、。
 
お客さんの集中力云々と関係なく、、、。
 
 
2014.1.7.

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“コンサートにおけるプログラミングの重要性” への4件のフィードバック

  1. 中村咲希 より:

    初めまして。
    作曲家の中村咲希と申します。
    現在、コンサートのプログラミングに頭を悩ませていたところ、同じプロジェクトの仲間から松下さんの記事をシェアしてもらい拝読しました。
    料理での例えが大変わかりやすかったです。
    現在私たちは、即興やクラシック曲など、様々なジャンルの音楽や、もしかすると音楽と呼べないものを一つのコンサートで演奏することを企画しており、しかもその一つ一つにボリュームがあり、お客様からすると、中華・洋食・和食のメインが次々に出てくるような感覚になってしまうのではないかと思っています。しかしどのようにバランスを取ればいいものか、まだ解決策を出せずにいます。
    前置きが長くなってしまいましたが、本題です。
    私たちが今抱えている問題をFacebook上で音楽家の方々に質問しようと思っています。
    その際に、松下さんの記事のURLを貼ってもよろしいでしょうか?
    お返事を頂けると幸いです。
    よろしくお願いいたします。

    • ryuji より:

      中村 咲希さま
      はじめまして。松下隆二と申します。
      御丁寧なメール頂戴し恐縮です。
      私の大変個人的な駄文を、なにかに使っていただけるのならそれはうれしいことです。ご自由にお使いください。
      過去の記事、読み返してみて大筋の考え方は変わっておりませんが、その後”クラシック・コンサート”の形式的な部分を如何に踏襲せずやるか、、を折に触れ、いろいろと試してはいます。
      *アンコールをやらない代わりに全体の始めと終わりに<プロローグ><エピローグ>として曲を弾いたり、、、
      *(ジャズやロックのライヴのように)プログラム配布をせず、MCですべて進めたり、、、
      *キリガミ作家さんのちいさな個展会場で、客席を”椅子とりゲーム”のように円形に並べ、そのど真ん中で演奏したり、、、(その時は『演奏中自由に歩き回って展示作品をご覧ください』とプログラムに書いて、MC一切無しでやりました)
      ホールを使用すると、空間がステージと客席にどうしても分かれてしまうので、お客さん達も【クラシックコンサートのお客的立ち振る舞い】をすることになりますね。それがあるので最近は出来るだけ小さな会場(80席未満)でしか自主企画はやらないようにしています。
      長文失礼いたしました。
      企画されるコンサートがみなさまにとってなにかに気づくすてきな時間となりますように

  2. 荒田和豊 より:

    Facebookから繋がって松下さんのブログ読んでたら

    • ryuji より:

      荒田和豊さま
      あれっ?あの昔の記事ご覧になっちゃったんですね、先生。
      先生からご覧になったら、あれは暴言、失言のオンパレードかもしれません。ひらにご容赦を!
      しかし現場を通じて、本当に多くのことを荒田先生から学ばせて頂いたことが今でも私の財産となっております。

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