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多数派と少数派

 

私自身はあまり考えないことなのだが 世の中を《多数派》《少数派》に分類し 少数派であるじぶんを嘆いたり 逆に誇ったりされる方に時々出会う

「多数派(一般ピープル)の好みと 自分の好みにズレがある」といった具合だろうか

 

だが私は少々違った見方をしている

自身の見解や好みをハッキリと濃い味で持っている人が いわゆる少数派(マイノリティ)であって 一方 多数派が好みをもっていないかというとそうではなく ただその好みが少数派ほど濃い味でない(もしくは自分の中でハッキリとしていない)だけではないか?

 

つまり多数派は 少数派の「わたしはこう感じる」「こう思う」という意見に賛同したり 反対したりしながら流動的に動く その件に関していわば主張の薄い(あるいは単に”表明”しない)ひとたちの票である 

別な言い方をすれば 濃い味少数派の主張や見解をみながら 自分の好みに気づいて動いてゆく あるいはその件に関しては「どうでもいい」というひとたちなのである 

 

つまりなにが言いたいかというと 少数派を自認するひとびとは そこにコンプレックスを抱いたり(逆にプライドを持ったり)する必要はないが 「わたしはこう思う」ということを率直に表明すれば その件に関して関心の薄い多数派のなかから「なるほど それは自分の好みと同じだな」と共感し 動く数が一定数いるのではないか ということ

 

もちろんすべてのことに ”濃い味”の主張や見解をもつ必要もない

ただ《世間の好み》というふうに漠然と捉えているものの正体は たぶんそういったことであり  そこに対しコンプレックスやプライドを持たないほうが ラクに生きられるんじゃないかな ということ

 

ちなみに専門的にやっているギターに関しても 私の中では濃い味と薄味が混在している

《若者の英才教育》《爪の形》《弦のメーカー》などに関しては 割と「どーでもいい」ほうであり 《演奏会場》《作曲者の意図》《椅子の高さ》などは 割と「どーでもよくない」つまり自分の好みがハッキリしている

 

2022.03.01.

 

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