唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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音楽について

 
日本の小・中・高での教育で大事にされるのは、言うまでも無く
「国語・算数(数学)・理科・社会・(そして何故か)英語」
 
だがむしろ蔑ろにされがちな
「体育・技術・家庭科・書道や美術そして音楽」
のほうが人が世に生きてゆくうえで直接に関係が深いもののような気がする。
もっとも私がミュージシャンだからそう思うだけかもしれないのだが、、、。
 
 
 
昔ある生徒さんと飲みに行った時、こう言われた。
 
「世の中を進歩させている“科学”などに比べたら“音楽”なんて人の世に必要なものでは
ないでしょ?そうでしょ?センセー」
 
当時大企業に勤めていたその生徒さんのあからさまな挑発に対し、私は感情を理性で
ひたすら抑え、音楽を擁護するための論陣を張ろうともがいたが、情けない事に
何一つ言葉が出てこなかった。
ちなみに当時私は留学から帰国したばかりの二十代半ば、その生徒さんは今現在の
私ぐらいの年令(四十過ぎ)だった。
 
 
 
英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンの評伝を書いたイモージェン・ホルストの言葉を
引用してみよう。
 
「作曲家はごくふつうの人たちと異なった人種ではない。彼らがその音楽で表現している
ものは、ふつうの人たちが考えたり感じたりしていることと同じなのである。しかし、
作曲家が考えたり、感じたりするのは、それよりももっと深いところで行なわれているの
である。」
 
りんごが木から落ちるおなじ現象を見ても、たいがいの人が
「なんだ、りんごが落ちただけか、、、。」
で済ませるところを、すぐれた作曲家であればそこから“万有引力の法則”を
導き出すような深い洞察をおこなえる、ということであろう。
 
 
一流の作曲家はそのような深い洞察力や豊かな感受性をもって、作品の中から我々に
平等に語りかけてくる。
それはクラシックだろうとジャズであろうと、フォルクローレだろうとロックであろうと
まったくかわりは無い。
それらの(商品ではない)作品を通して、演奏家と聴衆は“他者の言葉”に耳を傾ける。
“他者の喜び”
“他者の痛み”
自分の感受性を全開にしている人はそれらを享受することができる。
他者にとってのドラマを“自分のこと”として感じる心を持っていれば、それはすなわち
「幾人分もの人生が送れる」
という事ではないだろうか。
 
 
 
そういったことの鍛錬として、やはり学校教育でも“スポーツ”“美術”“音楽”などに
もっと力を入れてくれたらどんなにいいだろう、、、。
ひょっとしたらそういったことを学校に求める事自体、無理があるのかもしれない。
しかし学校の勉強だけでクタクタになっている今の時代の子供達を見ていると、社会に
飛び出す前に是非そういった事の存在(スポーツや芸術の重要性)に気がついて欲しいと
願わずにおれない。
豊かな人生をおくるための示唆にとんだ、「そういった事」の存在に、、、。
 
 
2013.4.8
 
 

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“音楽について” への2件のフィードバック

  1. こんばんは。
    人の人生の帰着点と目標はそれぞれで、何一つ、型にはまるものはないのかもしれません。
    私は(多少ひねくれておりますので)、勉強ができることと、頭のよいことは別物だと思うのです。
    数式を解き、型通りの国語の答えを導き出す。
    なんとも面白くもなんともなーいい。
    音楽や、美術には、答えがない。(あるかもしれませんが、それは自分で見つけるものなのかもしれません)
    本を読むことが、無駄だと切り捨てられたことがあります。
    それは、どうでしょうかね。
    本を読むことは、国語力を身に着けるためではなく、作家が何を語りたかったのか、己の言葉と頭脳で考えることだと思うのです。
    このところ、先生から問いかけられる、音楽家は何を表現したいのか。
    それを考えると、今までのようにただ弾けるようになればいい、
    それでは終わらないのだという気がします。
    今の学校教育に、子供さんたちの情操教育を求めることは、おそらく、無理でしょう。
    日常の中の美しいものを見つけていくことは、やはり、周囲の大人の力も必要なのではないかと思う、今日この頃であります。

    • ryuji より:

      「日常の中の美しいものを見つけていくことは、やはり、周囲の大人の力も必要~」との見解には心から頷けます。
      養老孟司さんがたしか書いてました。
      「個性的な人間など世の中は求めていない。世の中が求めているのは、人の気持ちがわかる人間だ。」
      それはやはり身近な大人が自分の行動(自分の背中)で
      次の世代に示していかなければいけないのでしょうね。

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