唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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親愛なる先生(アルベルト・ポンセ編その2)

 
数週間にわたるモルジーヌでの講習会を終えた私は、福田先生、竹内君、村治さんと一緒に
(行きがけにも経由した)パリの街に戻った。あちこち観光した後、我々は福田先生のパリ留学
時代の恩師が学長を務める名門音楽学校「スコラ・カントゥルム」へと案内していただいた。
学長のナルシス・ボネ氏は作曲家でもあり、(私が入学予定の)エコール・ノルマル音楽院でも
アナリーゼ(楽曲分析)のクラスを受け持たれていた。
われわれが学校に着くとボネ先生、奥様、スコラ・カントゥルムの専属オルガニストの方が
笑顔で迎えてくださった。ボネ先生は私達4人を学校の隅々まで案内して下さったが、私が最も
印象に残っているのは先生がおもむろに戸棚から取り出した学校の昔の資料だった。
それは授業の出席簿で、ページをめくるとそこにはA.ルーセルの対位法のクラスに在籍して
いたE.サティの名前があったりした(話としては知っていたが、資料をナマで目の当たりに
する感動は格別である)。生徒欄には他にもI.アルベニスやJ.トゥリーナなどギターにゆかり
のある大作曲家の名前もあって、自分は今すごいところを訪れているんだ、とその時初めて認識
した。
 
 
「まっちゃん、お前せっかくやからボネ先生に演奏聞いてもらえよ。」
福田先生に促がされ、私は前年九州のギターコンクール課題曲であったJ.S.バッハの
<チェロ組曲三番のブーレー>を聞いていただいた。
演奏を終えた私にボネ先生は優しくうなずき、「うん、いい感じです。そもそもブーレーという
ものは、、、」とアドバイスを始めた途端、横から(若い)奥さんが「いや、私はそうは思わ
ない。ブーレーというのは、、、」するとそれを横で聞いていたオルガニストが「ぼくは
ブーレーは、、、だと思うな」と、私そっちのけで三つどもえの議論が始まったのには驚いた。
(そうか、、、これがヨーロッパなのか、、、、。)
その後オルガニストの方から、生まれて初めて体験する<オルガン生演奏>をプレゼントして
戴き、記念にスコラ・カントゥルムの学生バッジまでいただいた我々は、ボネ先生たちに別れを
告げた。
 
 
 
その足でだったか翌日だったかはどうも記憶が定かではないが、福田先生はもうひとりの恩師
アルベルト・ポンセ先生のご自宅へ、わたしを紹介する為に連れて行ってくださった。その間
竹内君と村治さんは近くのカフェで待っていてくれることになった。
「がんばってねえ!」若い元気な二人に見送られながらわたしは一応ネクタイをきちっと締め、
コチコチに緊張しながらこれから演奏する曲の流れを懸命に反芻していた。わたしを見て
福田先生が不意に言った。
「お前なぁ、、、どうでもいいけど、ポンセ先生のとこ行くのに、<スコラ・カントゥルム>の
バッジ付けて行くなよ、、、。」
 
 
ポンセ先生は玄関口でかつての愛弟子福田氏を抱擁し、部屋に入れてくださった。
いかついお顔(失礼!)のわりに甲高い声、しかもかなりの早口である。
牛乳瓶底のようなぶ厚い老眼鏡の奥の瞳は、実物の倍くらいにでっかく見え、まるで森の中で
未知の生物(失礼!!)に出会ったような印象だった。
近況について福田先生としばらくやりとりがあった。
横で聞いていて、そのフランス語を理解するだけの語学力は私には当然無かったが、話の合い間
に福田先生はすばやく私のために内容を訳しながら会話を進めてくださった(一流の演奏家は
やはり心配りも一流である)。
 
 
福田:「コンセルバトワール(パリ国立音楽院)の方はどうですか?掛け持ちは大変でしょう
?」<注;ポンセは当時A.ラゴヤ没後空席だったコンセルバトワールのギター科教授を
エコール・ノルマル教授と兼任していた>
 
ポンセ:「まあね、、、でもオレは何があってもエコール・ノルマルの教授を辞める事だけは
無い。<エコール・ノルマル>すなわちオレの人生だからだ。で、ところで彼は今から何を弾く
んだ?」
福田:「まっちゃん、何の曲を弾くのかって聞いてるよ?」
松下:「エミリオ・プジョール作曲の<タンゴ>を弾きます。」
 
F.タルレガの高弟であり、ポンセ先生の師匠であるE.プジョール作曲の小品を、私はあえて
選んだ。
 
福田:「ハハハ、そんな、、、スペシャリストを前に、、、」
ポンセ:「まあまあ、、、とにかく聴いてみよう。」
 
私は椅子と足台をお借りしてとにかく演奏した。
<とにかく>と言うのは、このとき自分がどういった演奏をしたのかどう思い返そうとしても
記憶の中に無いのである。思い出せない、ということはつまり大きなミスなどはしなかったと
いうことだろうが、、、。
だが演奏が終わった直後にポンセ先生からかけられた言葉だけは生涯忘れないだろう。
 
 
「なあ、おまえ、、、、、、演奏はいいんだが、<プジョールのタンゴ>はネクタイを締めて
弾くような曲じゃないぞ。」
 
 
 
(つづく)
 
 

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