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音楽の”魔法”

 

記憶が定かでないのだが、ジャズ・ギタリストの故ジム・ホールが、どこかでこんな類いの話をしていた。正確な内容については自信がないので、松下の妄想も入りつつ、おおよそ「こんな感じの話だった」くらいで聞いていただきたい。

子供の頃、彼がデューク・エリントン楽団を観に連れて行ってもらった時のこと。会場についてワクワクしながら演奏を待つ時間。そして開演の瞬間・・・。

会場一杯に演奏が鳴り響き、幕が上がった。ところがなんと、そこには楽団員の姿はなかった。楽団員とお客のあいだにもう一枚の幕があり、そこには演奏メンバーのシルエットだけが動いていたのだ。やがてその幕もひらき、そこには演奏している生身のデューク・エリントン楽団が・・・。

その忘れられない体験のことを、ジム・ホールは “Magic Meeting(魔法の出会い)” という言葉で表現していた。

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96年キューバのハバナに行った折、数多くのレッスンを受けた。コスタス・コチョリス、ホアキン・クレルチ、レオ・ブローウェル、そして亡命前のレイ・ゲーラ。

レイさんからはホテルのラウンジで二時間近く教わった気がする。曲は『主題、変奏と終曲(M.M.ポンセ)』『2つのリディア旋法による歌(N.ダンジェロ)』の二曲。

オーケストラのサウンドやアプローチを、ギタリストとして如何に身体にとり入れるか・・・という話が多かった。「ラベルの『美女と野獣の対話』を聴け」「このラストのアポジャトゥーラは、バーンスタインが指揮しているマーラー五番の”アダージェット”を参考にしろ。解決するまでの、あの時間の美しさだ。」

そんな彼が突如言ったアドバイスが忘れられない。「この音を鳴らす瞬間 ”Magic” を使え。ギターの ”Magic” だ!」

彼が言う ”Magic” 。なんとそれはアポヤンドのことを指していた。なるほど、言われてみればアポヤンドは、ギターならではの音の “Magic” だ。たしかに・・・。

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中学二年くらいだったろうか。二つ上の兄が聴いていたビリー・ジョエルに私もハマった。当時のビリーの最新アルバムは『イノセント・マン(1983)』というソウルやドゥ・ワップ、R&Bなどの黒人色を取り入れた大ヒットアルバムで、私はそこからデビュー盤までさかのぼり、一曲一曲それはそれは丹念に愛聴した。

TOTO、ネーナ、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、ワム!、トンプソン・ツインズ、マイケル・ジャクソン、、、当時流行りのこれらのポップス・レコードをすべて買えるほど、お小遣いは持っていなかったのだが、当時は街に行けば ”レンタル・レコード屋” というものがあり、そこで安い値段で借りてきたものを、カセット・テープにダビングする(あの商売はどうやって著作権問題をクリアしていたのだろう?)というありがたい方法があった。

ビリーをきっかけに、そういった80年代当時の洋楽にどんどんハマっていったのだが、肝心のビリーの新譜が待てど暮らせど出てこない。そして二年後の1985年、やっと出てきたとおもったらなんとベスト盤(『ビリー・ザ・ベスト』2枚組)。新曲はわずか二曲しか入ってない。それでも私は辛抱強く待ち続けた。

そしてついに出た。『ザ・ブリッジ(1986)』。いやーすばらしい。どの曲も極上。ゲストもシンディー・ローパー、レイ・チャールズ、スティーブ・ウィンウッド、ロン・カーター、マイケル・ブレッカーなど超豪華。ビリーのアルバム中、最高のクオリティといっても差し支えない名盤。だが、だがなんだろう・・・このさびしさは・・・。

『イノセント・マン』というアルバムのど真ん中に確実に存在していた《あるもの》が、この『ザ・ブリッジ』には欠如しているように思えた。これは今だからわかる。『イノセント・マン』というアルバムには、時代の魔法がかかっていたのだ。これは当時のポップスというジャンルだけに実現できた独特のトータルな感覚で、こと洋楽に関しては80年代のこの辺りがピークだったと今にして思う。

みんなで奇跡的に共有していた全体的な音楽による “Magic” 。86年にはその魔法はポップス界から消えてなくなり、各リスナーが ”個別にハマる” 90年代へと移っていった。かつて『イノセント・マン』のレビューでどこかの誰かが「わたしにとってはラスト・アルバムなんです」と書いていたのを見たことがある。そういった個人的かつ身勝手な意見が生理的に受けつけない私も、このアルバムに関してだけは、その言葉にものすごく共鳴、共感するのである。

 

2025.7.25.

 

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