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”強さ”って、、、

 
いや~、こころから残念!
まさかというか、やはり延期になってしまった、、、中止じゃないだけまだマシだけど。
え?なにがって、そりゃ井上尚弥&カシメロ戦ですよ!
今、声を大にして私は言いたい。
「コロナのばかやろ~~~~っ!」
 
 
今年に入ってから毎朝(一日も欠かさず)続いている40分のウォーミングアップ練習。
やることは3種目。【フィゲタ】【大聖堂三楽章】【アランブラ】である。
 
 
昨年くらいから右指の空振りが多く、ある日ふとフィゲタをやってみたら空振りのあまりの
多さにショックを受けた。が~ん!昔は得意だったはずなのに、、、
というわけでフィゲタ練習を日々カスタマイズしながらやっている。
 
 
大聖堂3楽章は、単に福山雅治氏に対する対抗意識だ(なんだそれ)。
 
 
アランブラはG.グールド方式でやっている。
グールドの練習法で割と知られているものに、《TVを大音量で流しっぱなしにして練習する》
というものがあった。それはつまり自分が出す音の影響を受けずに、演奏のための運動神経回路
のみをつくるのが目的と思われる(あくまで仮説。もし違ったらコメントで教えてください)。
 
 
で、アランブラ練習にあたって私がYou Tube でなにを流してるかというと、一流ボクサーの
試合やトレーニングの映像である。なぜってあれを見ていると”これだけハードに練習してたら
あんだけ強いの当たり前だ!”と心の底から納得できるのである。
これに比べたら自分がやってる練習はなんて軽いんだろう、、、
そう思うと練習がちっとも苦にはならない。
 
 
ロマチェンコなんて試合を観てる限りではそのスタイル(余裕があり過ぎ、時に相手をおちょ
くってる感じ)がどうにも好きになれなかったが、彼のトレーニング映像を観て、試合の時
以上の真剣なまなざしに感銘を受けた単純なわたし。なるほど本番で余裕がある人というのは、
練習の時の方が、試合本番よりも断然きついことをやっているのだ。
今日はカネロ、今日はメイウェザー、今日はパッキャオ、、、という感じで流しながら今日も
ひたすらトレモロに汗を流す、、、(かっこいい~オレ!)。
 
 
コンクールで上位入賞するひとの演奏は、音楽面やテクニック面の迷いやためらいがなく
シンプルに聞こえる。若い時は物事をシンプルに整理して捉えることで、ある”強さ”を得ている
ような気がする。自分や周りを見ての経験から言えば、コンクールというものはものごとの
複雑さに気付いていないくらいの若いうちにしか獲れない。
自分の音楽を世に問うことを目指したり、音楽の多様性や複雑さに踏み込んでしまったひとは
もはやコンクールから離れた方が無難である。海外に留学し音楽経験を深めて帰国したひとほど
コンクールで優勝できないのはそういうわけだ。
 
 
たしかに強さを手に入れたい時は《シンプルに捉える》あるいは《身辺整理》といったことが
必要になってくるのだが、今の私はそういった類の”強さ”を音楽に求めていない。
 
 
物事と向き合う時、シンプルに見えるものを一度複雑に見たうえでシンプルにかえす。
複雑に見えるものを一度シンプルに見たうえで複雑にかえす。
 
 
「えっ?複雑にかえすの?」「シンプルなままでいいじゃん」というひともいるかもしれない。
”シンプル・イズ・ベスト”という言葉に象徴されるように、物事の単純化が手放しでよしと
される傾向が世の中にはある。
その視点がよい具合に作用するケースももちろんあるが、全てをそこに集約するのは一面的で
無理があるように近頃の私は感じている。
 
 
”複雑”というのは、さまざまなことが同時に起こり、あるいは共存している現象。
それを”矛盾”と呼ぶ人もいることだろう。
だが世の中はむしろ複雑な事象の方が圧倒的に多いのだ。
大切なのは複雑な個々の状況に対応できる柔軟性ではなかろうか。
 
 
ちなみに話を冒頭のボクシングにもどすと、井上尚弥氏の強さの秘密というのは、ものごとを
ただシンプルに捉えているというよりは、実際の試合のリング上で五感を駆使して対応し、
時には戦法を変更し、瞬時にベストを選び取るという、いわゆる”柔と剛”がものすごい次元で
共存しているところだと勝手に感じている。言ってみれば複雑でありシンプルなのよ。
カシメロ戦が早く観たいなあ、、、。
とりあえず最後に一言。
 
”コロナのばかばか~っ!”
 
2020.3.19.
 

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