唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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信頼関係について

 
 
小学生の頃、遊園地のゴーカートで事故った私は、以来成人後も自分でハンドルは握らないよう
にしている、、、(というか実際は大学を一年で中退した為運転免許証をとるタイミングを
逃しただけだが、、、)。
したがって仕事の移動はもっぱら公共の交通機関を利用する。
バスや地下鉄、JR、飛行機の場合はその移動時間を読書タイムに当てるのが常だが、タクシー
の場合だけはそうはいかない。
もともと乗り物酔いし易い体質の私は、タクシー車内にたちこめるあの独特の空気感の中では
とても本など読めないのである。
しかも運転手さんによってはかなり話好きな人もいるのでこちらも受け答えに結構エネルギーを
つかう(むこうが気を遣ってのおしゃべりなのか、あるいは気を遣わない結果のおしゃべり
なのかは暫く話していれば自然と分かるものだ)。
ギター・ケースを抱えて乗るとたいていの場合、発進30秒後には
「その楽器はギターですか?」
あるいは
「チェロですか?」
とくる。
ギターです、と答えると質問した運転手さんの大半は遠い目をして
「そうですか、、、わたしも若いころやりました、、、。」
と言ってその後、七割がたの運転手さんがベンチャーズもしくは鶴岡雅義の話題へと突入する。
まあそれでも普段まったく観ることのないプロ野球の話題を「当然の共通話題」のようにふって
こられるよりかは幾分マシではあるが、、、。
 
 
その運転手さんが話好きであるにしろ無いにしろ、その気持ちになってみればわからないことも
ない。ほぼ一日、町から町へ初対面の人間をとっかえひっかえ乗せながら、ひたすら移動して
ゆくのである。同じ時間を過ごすなら少しでも会話があったほうがその日一日が楽しくて良い
にちがいない。
だが私としては例によって気になることが一つある(この「気になる」というのは私にとって
もはやビョーキとも言えるものであるが、、、)。
運転手さんの中には、あきらかに「前のお客さん」との会話で盛り上がった熱気をそのまま次の
お客さんにキャリーオーバーする人がいる。
だが次のお客さんとの信頼関係は、当然のことながら「いちから積み上げなければいけない」
はずである。
つまりそれは料金メーターと同じく、お客さんが変わるたびにリセットが必要な事柄である。
 
 
これが実はミュージシャンにとってのコンサートやレッスンに関しても同様なのである。
『キャリーオーバー現象』(勝手に名づけた)は、やはり一日のうちに2本以上のコンサート
をやった時などに起こりやすい。1本目のコンサートが拍手喝采で終わったあと、その信頼関係
があたかも持続しているかのように錯覚してしまい、なんとなくリラックスして馴れ馴れしい
感じで2本目を始めたりした時に、客席との温度差を感じて思わずハッとするときがある。
よっぽどの有名演奏家の場合だったら別だが、コンサート形式の場合「演奏家と客席との
信頼関係」は演奏やしゃべりによって徐々に結ばれてゆくのがふつうである。
その大前提を見失っている自分にフッと気がつき我に返った瞬間、ステージと客席のあいだが
零下20度の寒気団に見舞われていることがある(苦笑)。
 
 
ところがたとえ一般的(「専門的世界じゃない」ぐらいの意味合い)に有名ではなくとも
なが~く活動してきた熟練の演奏家の中には、ステージに登場した瞬間から客席との信頼関係を
瞬時に築けてしまうひともいる。
初対面のひとたちに自分の存在を一瞬で受け入れさせてしまう《何か》、、、。
あれは傍から見ていてまるで魔法である。
かつて見たなかではボリヴィアのフォルクローレ界の巨匠、エルネスト・カブール氏がそう
だった。
友人のギタリスト池田慎司さんが体験された中ではタンゴ・ギターの巨匠、アニバル・アリアス
氏がまさにそんな感じだったらしい。
これには恐らく種も仕掛けもなく、馴れ馴れしさとは違うオープンさ(包容力)で、そのひとが
これまで他者との信頼関係を築いてきたことの証しであると思う。
そういうひとにわたしもなりたい、、、、、(う~ん)。
 
 
 
 
ある日いつものようにギターを抱え、タクシーに乗り込んだわたしに早速運転手さんが
「そのケースは、、、」ときた。
ところがその日に限っては、なんと次にきた言葉が
「そのケースは《カーボン製》じゃないですか?」
だったのである!!
 
わたしはフランスのケース・メーカー『bam』社製のカーボン・ケースに自分の愛器を入れて
持ち運んでいるが、ケースの《素材》に対して突っ込まれたのはそのときが初めてだった。
「いや~、じつは私タクシーの前は《カーボンを取り扱う会社》に勤めてまして、、、いや~
なつかしいですね。カーボンを見ると、、、。」
「気遣い」とはちがう、「話さずに居れない衝動」によって飛び出した言葉の温度のもつ
あまりのリアリティに私達はすぐさま信頼関係を結び、その後の短い移動時間を無理のない会話
で楽しんだのであった。
 
(おわり)
 

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