唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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「C,J,Fx2G~しあわせの架け橋」(その2)

 
このコンサートおひとりめのゲスト、愛川智子さんについて。
 
私の知り合いミュージシャンの中では、お付き合いいただいている年数のもっとも長い
(つまりもっともお世話になっている)方である。
私が二十歳ぐらいの頃、福岡市のとある音楽事務所に所属していた時期があった。チェロや
クラシック声楽、ピアノ、ギター弾き語り、フルートなど様々な楽器のミュージシャンが所属
していたが、ペーペーの私に比べあの方は当時すでに事務所の【看板スター】だった。
実力の差は歴然としていたが、折に触れて使ってくださり、その中で「歌をサポートする伴奏」
「編曲の仕方」「プロとしての立ち振る舞いや心構え」などを含めた様々な事を教えて頂いた。
二十五年前から変わらずすごいと個人的に思うのは、愛川さんがもたれてある「ことば」という
ものに対する非常に繊細な感覚である。
はじめはそれに圧倒されるにつけ、「うたやことば、歌手ってなんてすごいんだ!器楽では到底
太刀打ちできないんじゃなかろうか。」とよく思ったものだった。
だが現在ではこうハッキリ言い切れる。
「うたやことばというより愛川智子がすごいんだ!」
わたしがプロとしてのキャリアをスタートさせる時点で出会い尊敬してきたひとをいまだに最も
尊敬するひとのひとりとして挙げることができるとは何という幸運だろう。
 
ちなみにいままで愛川さんから戴いた数多くのアドヴァイスの中で最も忘れずいまだに守り
続けているものがひとつある。
「松下さん、本番ステージに上がる前の私に『愛川さん、キレイですよ』って声をかけるまでが
あなたのその日のギャラには含まれてるのよ。」
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このコンサートおふたりめのゲスト、田口悌治さんについて。
 
わたしの中に潜在的にある Jazz への憧れはじつはギタリスト田口悌治への憧れに他なら
ない。ジャズを習得したいというより田口悌治のようにギターがプレイ出来ればわたしはそれで
満足するだろう。そのぐらい憧れがある。
これはわたしの珈琲の愛し方とも似ている。私は別に珈琲そのものが好きなわけではないのだ。
ただ名店「美美」の森光マスターの焙煎した豆でマスターと同じ味と香りがドリップできれば
多分わたしは満足で、ひたすらそれを目指しているだけなのである(が勿論なかなかそうは
いかないが、、、)。
 
しかし田口さんとの出会い方については実は逆なのである。
なんとあちらがクラシックギターを習いに来られた、、、。
その時期ちょうどわたしの方でもジャズを習いたいと思っていたので、まずは田口さんのライヴ
を観にいった。ピアノとのデュオだったが、あまりに素晴らしかったので即弟子入りすることに
した。それまではジャズの演奏やライヴを聞いてもアドリブが長く感じ、正直退屈だったが、
ジャズを愛好する人たちがいったい何をどういう風に聴いて楽しんでいるのか、ということには
以前からすごくうらやましいというか興味があった。
ところがこれが田口さんのプレイやアドリブとなると、ジャズの分からない私が聴いても
「全体を見つめるクールな視点」と「意味のある話を熱く語るパッション」が同居し、深みは
あるが難解ではない何ともステキな時間が流れていくのだ。
そして自分が習うことによって益々師匠の偉大さが分かり、憧れはさらに強くなった。
ある日、ジャズ・ベーシストから次のように言われた。
「松下さん、ジャズの世界で『田口悌治の師匠です』って言ったら、ものすごく大きな顔
出来ますよ(笑)」
だがその話を聞かされた頃には、それがシャレでないことも重々わかっていた。
その言葉の重みに耐えるには私自身もっともっと足腰、腕前、人間、全てを鍛えないと
ね、、、。
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このコンサートさんにんめのゲスト、木下尊惇さんについて。
 
今回最も遠く神奈川県秦野市からご参加戴く人生の師匠、木下さんについてはこれまでの
わたしのブログにも何度もご登場頂いてるし、コンサートをご覧戴きファンになった方も多いと
思う。
木下さんとの出会いも十五年ほど前だろうか。
南米の民間伝承の音楽を一般的にフォルクローレと呼ぶが、木下さんの演奏に触れるまでにも
勿論フォルクローレを耳にする機会は私自身たくさんあったのである。
だがそれらは残念ながら私の心には響かなかった。別にそれらの演奏がダメだということでは
ないと思う。
ただそれらと木下さんの演奏するフォルクローレとの歴然とした違いはあった。
それは何かと言うと、多くのフォルクローレ・ミュージシャンがやっている演奏がただ伝統を
なぞったり真似してるだけで終わっている『博物館的演奏』なのに対し、木下さんのフォルク
ローレは「伝統を大切にしながら現在を生きつづけている」ものであったことだ。
 
十五年たった今でも、たまに笑いながら引き合いに出されることがあるが、出会った頃の私は
なんと木下さんにこう言ったらしい、、、。
「木下さんの演奏を聞くまではフォルクローレってもっと貧乏臭い音楽だと思っていました。」
 
その後、本当に演奏を含めたさまざまな経験をご一緒させていただき、日本各地をともに旅を
させていただいたが、その中でも強く印象に残っているのが2011年栃木県佐野市で開催
された「木下尊惇ユニット/しあわせの架け橋」の参加メンバーに加えていただいた事。
十人編成からなる南米音楽スペシャリスト達による豪華共演の中に何故か私も入れて頂き、
あの素晴らしい時間を体験させていただいたことで、私の中に『お客様と過ごすいいコン
サート、いい時間』というもののひとつの基準が自分の中に出来たのである。
あのすばらしい時間の流れを理想としたいという願いから、今回木下さんにお願いして、
あのときのコンサートタイトルをこのたびのコンサート「C,J,Fx2G」のサブタイトルにお借り
した次第である。
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このたびのブログを書いてあらためて思ったのは、私の活動の極めて初期に出会った尊敬する
御三方がいまだに自分にとって「最も尊敬する先輩」であり続けていらっしゃることの凄さと
いうか、脅威というか、嬉しさというか、、、つまりそういうことである。
そして何度もいうように、私は『シャンソン』『ジャズ』『フォルクローレ』が好き、という
よりは、その世界を大切にして生きてあるこの御三方が大好きであり大ファンだということ。
 
次回最終回は共演者である「池田慎司さんについて」と「このたびのコンサートについて」
アツく語って(笑)締めくくります。
 
(つづく)
 

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