それでは「マズルカ-ショーロ」の楽譜を具体的に見てゆこう。
今、私の手元には三つの譜面がある。
一つは昔から出回っているマックス・エシッグ版のもの。そしてヴィラ-ロボス記念館を訪れた
際、館長T.サントス氏から直接いただいた手書き譜のコピー。これは作曲者の筆跡とは違うので
おそらく”別な誰か”の手による浄書と思われる(音の内容的には出版譜との相違点は無い)。
そしてあと一つは作曲者の手書きによる「Simples 」というタイトルが付けられたギター・
ソロ譜。これは「マズルカ-ショーロ」作曲の三年後である1911年の日付けが書いてあるが、
曲としては明らかに「マズルカ-ショーロ」のスケッチ、もしくは簡略版といえる内容である。
曲としての規模と内容においては「マズルカ-ショーロ」の方に軍配があがるものの、
「マズルカ-ショーロ」という曲の理解を深めるためには、有益な情報がいろいろと詰まった
譜面であることは間違いないので、今回併せて検討したい。
ちなみに「手書き譜」および「Simples」も、ギタリストF.ジガンテあたりが校訂、出版して
いたと記憶している。従って今の時代、入手は非常に容易になっているはず。
まず冒頭であるが、出版譜(および手書き譜)には何も表記がないのに対し、Simplesは
”Andante”という単語が目に飛び込んでくる。このマズルカのメロディーを演奏するにあたり
ヴィラ-ロボス自身はアンダンテ感覚だったということが言える。そう、Allegrettoでも
LentでもModeratoでもなく、、、。あなた自身のこれまでの経験から導き出される”アンダンテ
感覚”で弾いてみよう。
ちなみに譜面をご覧頂いたらわかるように、Simplesには冒頭4小節のイントロがあり、
その後アウフタクトなしでのマズルカ・スタートとなっている。
「マズルカ-ショーロ」は、、、と言うか、この組曲(ガボット-ショーロまでの4曲)は、
基本どれもロンド形式で作られている。すなわちA-B-A-C-A というふうに場面が展開するため
下世話な話、A をしっかり練習すれば”曲全体の半分”はいけるということ。
「なるほど、そうか」と早速場面 A を弾き始めるそこのあなた。
ちょっと今から私が提案する練習につきあってもらえますか?
下の<譜例イ>を三回弾いてください。
続いて下の<譜例ロ>を六回弾いてください。
ノルマを無事こなした方は<譜例イ>を今一度弾いてみてください。
<譜例イ>は言わずもがな、作曲者の伴奏アイディア。<譜例ロ>は私のような凡庸な人間が
つける伴奏アイディアである(二段2小節目はべつにDmでもかまわない)。
ヴィラ‐ロボスの書いた音が耳慣れしすぎて当たり前になっている人は、<譜例ロ>を何度も
弾くことで、自分の感覚(先入観)を一旦洗い流したほうがよい。
このふたつを比較してぼくの印象に残るのは、まず2小節目でヴィラ-ロボスがペダルのAを使い
ふわっとした緊張を持続させ、続く3小節目のドミナント(E7)につなげているところ。
そして4小節二拍目でぶつけている二度音程の美しいこと(三拍目で解決)。
それから二段目2小節三拍目のきざみを敢えて抜くことで、メロディーをルバートさせ易い
状況を設定していること(Simples のこの箇所を見れば、三拍目を”あえて”抜いた事実が一目
瞭然)。
最後に(SimplesではふつうにEの刻みだった)二段目3小節を、カウンター・メロディーで
さばいているところ。
これらの処理のおかげで、好みによってはへミオラ・アプローチも、し易い状況となっている。
(つづく)