唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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演奏に見える履歴について

 

今日の夕方、レッスンを終えた私の処へ知り合いのギタリストが訪ねてきた。

(了承を得てないため名は伏せておくが)彼は現在、福岡市を中心に演奏やレッスンを精力的にこなしている30歳手前の若手クラシック・ギタリストである。近々彼が予定しているホール・リサイタルのチラシを預かるため、今日はわざわざ来てもらったのだ。

ひとしきり近況を交換し合った後、何気なく彼が言った。

「いやー、最近ギターの CD 聴いてないんですよねー」

 

そう、、、私も思い当たる。

彼くらいの年齢の頃だと思うが、それまでたくさん聴いていた ”クラシック・ギターのCD” というものを、ある時期からパッタリ聴かなくなったのだ。

その理由を考えてみた。

 

ギタリストとしての自我に目覚めたからか?

いや、そんな問題ではない気がする。

私は常々ギター音楽というものは、根本的に何かのイミテーションであると思っている。

ピアノ、管楽器、弦楽器、オーケストラサウンド、声、民族楽器、、、

いわゆるそれらの模倣という立ち位置からスタートし、最終的にギターにしか表現できない《ある世界》に ”結果として” 入ってゆく。

これはギターという楽器のスタート地点について、別に卑下しているわけでもなく、残念なことだとも思っていない。むしろそこがギターの面白さであり幅広さだと個人的には感じているくらいだ。

 

常日頃ギターばかり聴いている人のギター演奏からはギターの音しか聞こえてこない。

「なにを当たり前のことを、、、」という人は、ギターという楽器を理解していない。

オーケストラのサウンドを自らのからだの中に響かせられるひとは、「魔笛」の出だしの Em をトゥッティとして鳴らすことができる。それが無いひとの Em は、ただの”ギターの Em サウンド”にすぎないのだ。

同じように「ショーロス第一番」をショーロとして演奏するには、ショーロバンドのサウンドが、どのくらい具体的にからだの中で響くかが最も重要なカギである。

 

だからプロ・ギタリストのうち何割かは、そのギター音楽のルーツとなるサウンドをからだに取り込むための《音楽の聴き方》を、ある時期からするようになる。少なくとも私の尊敬する先輩や仲間のギタリストに限って言えば、みんな例外なくそうである。それと並行してギターCDを聴く量は自然と減るのだが、以上の言葉でもって「私がギターCDを聴かなくなっていった要因」とするにはまだ不十分な気がする。この話題について一般化することはもちろん難しいので、以下は私の個人的な感覚の話である。

 

演奏というものは、《その演奏者の履歴》を語るものである。

つまりそのひとがその演奏に至るまでどういうものを大切に思い、どういうひとから感化され、教えを受け、あるいはなにかに自力で気が付き、どれくらいの時間をかけて取り組んできたか、、、その人の歩んできた履歴のすべてが、演奏には凝縮されている。

仮にここで私が J.トゥリーナの「ソナタ」という作品に触れたくなったとする。そこで、ある CD を手に取りプレイヤーでかけると、たちまちその演奏者の履歴が、巨大なフィルターとなって私と作品との間に立ちふさがることになる。そんな気がするのだ。

CDは本来そのフィルターを味わい、そして楽しみたい人が聴くものであり、作品そのものと直に向かい合いたいクラシックミュージシャンにとっては、CDを聴くよりも楽譜を眺めている時間のほうが、はるかに有益だと思うのである。

したがって現時点の私が、録音物を介してギター音楽を楽しむのは、そのフィルターに興味がある時、あるいはその履歴から栄養分を吸収したい時に限るが、そうなると聴くものの比重としては自ずと時代がかったもの(すなわち歴史的録音)が多くなってしまう。A.バリオス、M.リョベート、R.S.デ・ラ・マーサ、A.セゴヴィア、E.プジョール、A.ラウロ、R.ハベーロ、A.ユパンキ、深沢七郎、、、

 

以上が私自身が最もしっくりくる「ギターCDを聴かないこと」についての現時点での言い訳である。つまり現代を生きている奏者の履歴がもれなく聞こえてくるのがわずらわしい。生きている奏者の履歴をどうせ聞くのなら、生演奏という形態のほうがずっと楽しいと感じる。あるいは共演者として共に音楽をするほうが、、、

 

これらの身勝手な意見を、さも日頃から考えていることであるかのように、本日若いギタリストを前に力説したのであるが、それは実は彼の一言によって引き出されたものであり、その場で割といい加減に紡いだ考えであり、言葉だったということをここに白状しておく。

 

(おわり)

 

2021.08.21.

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