唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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レッスンで心がけている事

 
“ギターで食べている”
 
と、いうことが一般人には理解できない、というか想像がつかないみたいである。
むかしむかしある人(一般人)と話をしていて、聞かれたことがある。
「松下さんはどうやって食っていらっしゃるんですか?」
私はちょうどよい機会だと思い、ギタリストという人種がどのように社会と関わり,
それぞれの生活を成り立たせているかを微に入り細にわたって説明した。
説明が終わった時点でその人に改めて訊かれた。
「で、実際は他に何のお仕事をされているんですか?」
「、、、、、、、。」
 
 
 
 
確かにイメージしにくいだろう。メジャー・デビューしている訳でもない。テレビやラジオ等の
メディアに頻繁に登場する訳でもない。東京で華々しくコンサート活動してる訳でもない。
CDがバンバン売れている訳でもない。ひと頃ほどではないが、一般人にとっての“成功して
いるミュージシャン像”とは「東京でメジャー契約し、メディアにバンバン露出する人」
であり、それ以外の地方ミュージシャンは「その夢が叶えられなかったかわいそうな人」
という見方がいまだにある。
地元の福岡で、ギタリスト仲間であるレオナルド・ブラーヴォと池田慎司のデュオ・コンサート
が行なわれた時の事。素晴らしい演奏会の後、打ち上げの席で談笑して盛り上がっている我々の
横で当日のお客さんの一人が深い嘆息と共に言った。
「どうしてこんなすごい人達が“こんなところ”でくすぶっているんですか、、、。」
 
 
まあ、その話は別の機会に譲るとして本題に戻ろう。
私の収入の根幹を支えているものは“レッスン”である。
だがこれも先ほどの“東京と地方”の話と同様、誤解を招くことがたまにある。
つまり本当はやりたくないのに「生活の為」イヤイヤながらやってるのでは?と一般人から
勘繰られることがある。だが、そうではない。
私はレッスンが好きである。私の音楽活動の中でそれは非常に大きな場所を占めている。
音楽を通じて人とコミュニケイションをはかれる場所として、コンサートと同じ比重で捉えて
いる。
 
 
そんな私が日頃のレッスンで心がけている事は二つある。
ひとつは子供のレッスンに関して“プロになるための英才教育”は一切しない。
 
「子供がプロになる道」を妨げるつもりは毛頭ない。
だがその子供が将来プロになりたいとしたら、子供のうちにしか経験できない事(勉強、
スポーツ、絵画、仲間との遊び等)をしっかりやっておく方がよい。その経験が豊かであれば
あるほど、将来奏でる音楽が豊かになるはずである。あまり早い子供のうちから、やることを
専門化させ過ぎると、周りから注目され、親や本人の自尊心を一時的に満足させる事はできる
かもしれないが、それだけの話である。音楽は“音楽以外のこと”から栄養分をとらないと
豊かにはなれない。それらを経験する前にデビューしてしまい、後から慌ててそれを補おうと
したところで音楽業界のスピードはそれを許さない。だからギタリストがプロを目指すのは
高校生生活以降で充分だというのが私の持論である。(したがって御自分のお子さんを
“ギター界で注目される神童”に育てて欲しい、と願っている親御さんは当教室はご遠慮下さい)
 
レッスンにおいて心がけているもうひとつの事は、プロを目指す若者であろうと老後の楽しみで
ギターを始めた方であろうと、「レッスン内容に一切差はつけない」ということである。
(もちろん生徒さん個人個人によって要求の深さやペースは全然違うので、そこは尊重しながら
やってますのでご安心を)
 
 
“音楽の窓”は本来全ての人に対して平等に開かれている。
だが“平等”を勝ち取る努力は個人個人に委ねられている。
 
2013.10.1.
 

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“レッスンで心がけている事” への3件のフィードバック

  1. 東京とは、そんなに立派な場所なのかな。
    それが、私の思いです。
    福岡にいる幸せを十二分に堪能しています。
    濃いエッセンスを、注いでくださっているはずなのに、度量がなくて、冷や汗を毎回かいている、できない人です。
    東京は一番だというのは、もう、錆びついた昔話のような気がしています。
    先生の、元神童はたくさんいました、とのお言葉には、つい、笑ってしまったことを記憶しています。

    • ryuji より:

      東京と地方の関係も、少しずつ変化してゆくものでしょうが、よい関係が結べればいいですね。やはりまだまだ東京にしか出来ない事は存在するし、地方もまた然り、、、。
      軽視やコンプレックスと無縁の世界がいいなあ、、、。

  2. ぐるぐる渦巻く何かから、何かがきっと生まれ続けているんだと、
    そう思います。
    自分の根っこを忘れずにいる方の作品は、音楽にしても文學にしても、
    色褪せないと信じてます。

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