唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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親愛なる先生(坂本一比古編その2)

 
坂本先生は常に穏やかであった。
 
 
私自身も子供の頃はシャイでナイーヴ(?)だったので、レッスンは終始静かだった。
あまりに静か過ぎて、レッスン中にウトウトしてしまう事も、、、。
そんな時でも先生は声を荒げたりすることも全くなかった。
 
 
私が子供の頃、福岡市内で開催されていたクラシックギターのリサイタルといえば、山下
和仁さんのものがほとんどで、それ以外のものは記憶にない。
山下さんは日本が世界に誇る数少ない天才(この言葉嫌いだから普段は絶対使わないけ
ど、、、)の一人で、他の「天才」の例に漏れず、限界を超える為の努力の仕方をご自分
で解っている方である。
十代で世界三大ギターコンクールを制し、「展覧会の絵」「新世界」などの大曲をギター
独奏で実演するなど、当時世界中のクラシックギター界にセンセーションを巻き起こして
いた。
ギターを習い始めた縁で、子供の頃「山下さんのリサイタル」に何度か連れて行ってもら
ったことがある。その人間と思えない凄まじいテクニックが目の前で繰り広げられている
というのに、比較する対象を持ってなかった当時の私は「きっとプロの人達ってみんなこ
ういう演奏をするんだろーな、、、。コレぐらい弾けないとプロにはなれないんだろー
な、、、。」等とぼんやり感じていた(とんでもない勘違いであった)。
 
 
子供の頃の私にとって、「何をおいても好き」というほどのものではなかったが、ギター
はボチボチ楽しかった。だがつらい時もあった。父が同僚やお客さんを家に招いて飲み会
をする時などイヤだった。夜もふけてアルコールもかなり入り、宴もタケナワ(もしくは
退屈)になってきた頃、子供部屋に召集令状が来る。
「隆二、こっちに来て何か一曲弾きなさい。」
嫌々ながらギターを持って、(ビールと焼酎とウイスキー、タバコの煙に柿の種の混ざった
臭いのたちこめる)客間に入ると、酔っ払いおじさんたちが「いよっ、待ってました!」
とばかり拍手する。
「禁じられた遊び」一曲弾いてすぐに解放されればラッキーなほうである。
父の「親馬鹿」に気を遣って私を褒めちぎる人。酔っ払って寝てる人。追加で弾いた古典
のエチュードを「ああ、どっかで聞いた事がある。有名な曲だよね。」などと知ったかぶ
る人、、、。まあ、人間観察&社会勉強にはなったのかな、、、(?)
 
 
生来不器用な為、テキストの進み具合は一向にはかばかしくなかった。
それでも中学にあがる頃には3冊の教本を終え、さあ次はどういう曲をやるのかな?と
期待していた私に先生は「カルカッシ25のエチュード」を差し出した(いわゆる古典
モノ)。2年ぐらいかけてそれを終え、肩で息をしている私に今度は「セゴビア編ソル
20のエチュード」がのしかかってきた(やはり古典モノ)。
 
 
忘れもしない思い出がある。
ある年の先生への年賀状に、わたしはその年の目標を高らかに掲げた。
「今年こそは“大聖堂”を習えるように頑張ります!」
A.バリオス作曲のバロックスタイルで書かれた名曲を、発表会の先生の演奏で聴いて以来、
憧れがあったのだ。
しばらくして先生からの年賀状が届いた。こう書いてあった。
「ソル、ソル、ソル!」
 
 
(ぼよよ~ん。うそやろ!)
 
 
 
(つづく)

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