唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

discography

  さくらに寄せて

さくらに寄せて
定価  2,700 円

収録曲

01.筑後の子守歌(青山政雄 / 松下隆二)
02.野獣死すべしのテーマ(たかしまあきひこ / 松下隆二)
03.早春賦(中田章 / 武満徹)
04.どですかでん(武満徹 / 松下隆二)
05.芽生え(三木稔 / レオ・ブローウェル)
06.原っぱ~ギターのための五つの詩(三善晃)
07.乳房~ 〃
08.晩夏~ 〃
09.蜜柑~ 〃
10.家出~ 〃
11.アカシアの雨がやむとき(藤原秀行 / 渡辺香津美)
12.さくらの主題による変奏曲(横尾幸弘)
13.三月のうた(武満徹 / 松下隆二)
14.宵闇の浜辺で(佐々木真一)
15.静に揺らぐ月影(中野二郎)

【試聴】12.さくらの主題による変奏曲

日本人は2つの時間を生きている。即ち”西暦”と”年号”。

ギタリスト:松下隆二

私の生まれは昭和だったが当時はその2つ(西暦と年号)は1つとしか感じられず、年号に固有の空気感が存在するなどとは自覚する術もなかった。
大学受験を目前に控えたある日、年号が昭和から平成へと変わった。今振り返ると、あのとき日本国民は無意識何かをリセットしリフレッシュし再スタートした。
西暦のみで暮らしていたならば切り捨てることを躊躇したかもしれない”何か”を無意識のうちに切り捨てて…。
いずれにせよその”何か”は年号の有無と関係なく変化したに違いない。ただあのリセットが無かったなら変化はもっと慎重であり緩慢だったのかな、とは思う。

23歳の時フランスに渡った。
芸術の都パリは昭和の日本と変わらないほどいや、それ以上と言っていいほどの不便、不快、そして危険に満ちていた。
そこでの生活で、日本ほど安全、快適、便利を追求している国は世界でも稀なのだ、という事実を知った。
昭和から平成に変わったのをきっかけにその追求の仕方に拍車がかかったのを覚えている。
私が子供の頃危険、不快、不便と共存するしなやかさを当時の大人達から教わっていたのだと今にして思う。
大人達はそれらを”情緒”の中に巧みに溶け込ませる知恵を持っていた。
しかし日本臭い情緒を感じさせる「歌謡曲」はアメリカナイズされた「Jポップ」に姿を変え、TVでは”日本語を話しているにもかかわらず日本語の字幕がでる”という不可解な状況が、留学している一年の間に劇的に増加した。

当時の事ながら昔に戻ることは不可能であるし戻したいとも思わない。「昭和はよかった。」等とノスタルジーに浸りたいとも思わない。
戦後昭和の高度経済成長の時代から大人達が目指し続けやっとたどり着いた理想の時代が”平成”だとしたら 平成の問題点の根もまた昭和にあるといえるのだから。
ただあのリセットの時切り捨てたものの中で切り捨てるべきでなかったものを確認し今の時代にそれらを取り戻せるのか、あるいは今何がそれに変わるものなのかを探すことは必要ではないだろうか。
”安全””快適””便利”を追求した結果、毎日線路に飛び込む人が後を絶たない時代は「時代としてよくなった」と言えるのだろうか。
言わば昭和の日本人の「しなやかなたたずまい」を感じることで、この平成の時代に”どうしなやかに佇めるのか”を探してみたいと私はいつも思っている。
そして一方それらの事とは別にこのアルバムは、昭和という時代をしっかりと踏みしめて生きた”私にとっての《三人の父》”に対するオマージュでもある。
《三人の父》とはまずはじめに私の最初の師であり、音楽に対する姿勢を学ばせていただいた故坂本一比古先生に向けて。
もう御一方は昨年末(2010)惜しくもご逝去されたフルート奏者の故齊藤賀雄先生(闇の中にいた私に手をさしのべて引っ張り上げて下さった)。
そして最後になるが心から尊敬する昭和八年生まれの私の実父、松下志朗に向けて。

2011年3月