唐人町ギター教室では、楽譜が読めない初心者の方からプロを目指している上級者まで、現役プロミュージシャンが丁寧に指導致します

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前衛狂時代

 

なにがキッカケだったか全く覚えていない。

十代後半から七~八年に渡って前衛(アヴァンギャルド)に ”どハマり” した時期があった。

当時ギターの師匠によって、小中高と調性音楽漬けにされた反動かもしれない。以前も書いたことがあるが、七歳から留学するまでの十六年間お世話になった故坂本一比古先生は、子供時代のわたしに「この子を古典音楽だけで育てたらどういう風に育つのか?」という実験をしていたらしい。その結果、モルモットのわたしはその後十年間に渡り、ソルやカルカッシの肖像画を目にするだけで吐き気を催すクラシック嫌いに育ってしまった。

当時のわたしは、無調音楽に惹かれることで《お約束的なコード進行》、《聞き飽きた響き》から自分の身体が解放されていくのを感じた。【調性音楽】というものが、ある引力関係で成り立ってるファミリー的世界だとしたら、【無調音楽】というのは、まさに無重力空間であり、宇宙であった。

だが、深みにハマっていくにつれ、小さな違和感が生じてきた。自分が欲しているものは本当にコレなのか?フリー・ミュージシャンたちの集まりも、その発せられる音の多くが自慰であり排泄であった。そして当時のわたしは気づいたのである。自分が嫌悪しているのは【協和音】ではなく【機能和声】のほうだったということに。

以来、<お約束的な動き>の関節を如何にハズし、それによって ”目からウロコ的体験” を得るか・・・が自分にとって重要な関心事になった。このことは音楽だけではなく絵画、詩、映画、日常生活などにも感覚として入ってきた。前衛(アヴァンギャルド)とは、膠着した固定観念や形式的な美意識を踏みにじる中で生みだしていく芸術運動・・・みたいなことを言ってたのは岡本太郎氏だったか。

 

ただ当時のわたしは、そういった高尚な意識からは遠い、勘違いした場所に居たのかもしれない。

10代後半のある日、テレビから流れてきた I.N.EXPRESS のCMソング「脳みそいっぱい花が咲く~♪」を聞いた途端、電流に打たれたように「うお~っ!アヴァンギャルド」と衝撃を受けてしまった。(レナウンのそのCMソングは当時レコーディングされておらず、現在に至るまでまだ誰も You Tube にアップしていない)

いずれにせよ、そのCMで唄っていた ”山本リンダ” のアルバムを探し回って中古レコード屋を奔走する日々がしばらく続いた。当時は YouTube はおろか、インターネットもない時代。ちなみに80年代の終わりに、山本リンダのレコードを取り扱っているところなど皆無だった。

だが意外に身近なところにあった。ギター教室の姉弟子が「家にあった」と言って一枚のLPを貸してくださったのだ。早速カセットテープに落とし、山本リンダを繰り返し聴く日々・・・。『どうにもとまらない』『狙いうち』のようなアヴァンギャルドで強烈なナンバーは入ってない比較的ゆるめのアルバムではあったが、それでも当時のわたしには充分だった。

 

きたる11月3日(火・祝)合同発表会を開催するが、会の冒頭に自由参加のゆきずり合奏を行なう。曲はこのアルバムB面2曲目のシャンソン・ナンバー『シャンテ(G.ベコー作曲)』。

 

 

「よくこんな知らない曲、選びましたね~」と何人かの生徒さんから言われたが、以上がルーツなの♡。

 

 

2026.9.8.

 

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