生まれたのは1971年。
2月生まれの早生まれだから、70年の連中と同級である。
わかりやすくクラシック・ギタリストでいえば、ひとつ上に大阪の岩崎慎一さん、同級に鈴木大介さん、ひとつ下に東京の富川勝智さん。
これまで幾度か言及しているが、7歳の時はじめて自分のお小遣いで買い物したのが、沢田研二『勝手にしやがれ』ドーナツ盤。これは鈴木さんもそうだった、と後年聞いた。(岩崎さんが大阪の街角で赤井英和に遭遇しサインをゲットするも直後に本人から ” 五百円 ” 請求された、というそんなほのぼのした時代・・・)
小学校低学年のわたしはとにかくジュリー街道まっしぐらだった。それが高学年に入ったあたりから『あしたのジョー2』のTV放映が始まり、友達につられてわたしもどっぷりジョーの世界にハマっていった。(ちなみに当時の大ヒット曲といえば『大都会』『ルビーの指輪』など、アーバンなものに対するあこがれの時代・・・)
それはともかく先日YouTubeに『あしたのジョー2』が上がってきたので、懐かしくて観てしまった。荒木一郎「Midnight Blues」が流れ、荷物を抱えたジョーがドヤ街を飄々と歩いてゆく懐かしいオープニング映像。だが途中、ふと気にかかった部分がありその後の映像に集中できなくなった。それはなにかと言うと缶ジュースを飲み干したジョーが空き缶を遠くに投げ捨てたのだ。
これはおそらく30代より下の世代が見たら、瞬く間に糾弾&炎上案件である(40代も?かな)。だがわたしはハッキリと覚えている。当時の大人こどもの八割は、ジュースを飲んだ後の空き缶は投げ捨てていた。山に行こうと海に行こうと投げ捨てポイ捨てが当たり前すぎて良心の呵責のかけらもそこにはなかった。舗装されたアスファルト道路には、空き缶のプルタブ(ステイオンタブになる前の話ね)や吐き捨てたガムが押し花のようにめり込んでいた。
「ゴミはポイ捨てしてはいけない」「自然を大切にしよう」と当時からひと握りの大人たちは言っていたが、大半の大人は聞く耳を持っていなかった。遠くに投げるだけの”遠く”が当時あって今は無い、と言う面もあるのだが、その後の倫理、道徳観の変化により遠くへの遠投ポイ捨ては減り、その場にそっと置く捨て方にスタイルが変化し現在に至る。しかし日本人のゴミに対する倫理観は全体的に見れば随分変化した。まだまだ改善の余地は多々あると思うが。
昔の大人たちの倫理観を非難するのが今回の文章の目的ではない。ただ、いま現在無意識で当たり前にやっていることが四十年後の倫理観には全く通用しない、ということがあることを確認したまでである。そう、昭和の頃には運転時シートベルトをしないのが当たり前であり、路上に駐車が当たり前であった。それらがいいとか懐かしいとか全然思わないが《当時の世がそれで動いていた》ということだけは動かし難い事実である、と言うだけの話であり、それ以上でも以下でもない。
にしても、当時どういう感覚だったかな?・・・というのは時代的な反省としてはある。ぐっと飲み干した空き缶を握りしめ、振りかぶって遠くに投げる・・・なんかワイルドですてきね♡・・・そんな感覚だったのかな・・・答えろよ矢吹!
2026.6.4.
いや、俺はそんなことしてなかったよ 兄より
(笑)
まじめだったもんね・・・おたくは 弟より