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わからない

 

本日は記念すべき一日だ。日本の、いや世界のボクシング界にとって・・・。

え?なにがって井上尚弥 VS 中谷潤人ですよ。あ、ボクシングに興味のない方ごめんなさい。

この日を楽しみにしていた一方で、これまで両者ともに応援していた身としては、「どちらかが勝ちどちらかが負ける」という結果が恐ろしくもある。熱烈なボクシングファンである千原ジュニアが「みたくない」と言っている気持ちにも非常に共感する。

世界的に注目を集めるこの試合に関して、多くの元世界チャンピオン達が《試合予想》というものをYou Tubeなどで出している。イヴェントとして盛り上げるためにそういったものを出しながらも、ほとんどの人がこう思っているに違いない。

”わからない”

そうなのだ、わかるはずがない。わからないからやる。それがあくまで《その日の結果》でしかないことももちろんである。勝敗には本当に様々な要素が複雑に絡み合うものであり、いずれにせよ事前に考察してわかるほどボクシングというものは底の浅いものではない。ただ正直に「わからない」と言ってしまうと場が盛り上がらないからという理由で、盛り上げるサービスとして皆さんいろいろ言ってるだけである。

個人的に近年最も印象的だったボクシングの試合は、2023年7月のテレンス・クロフォード VS エロール・スペンス・ジュニアの両者負けなし激突試合だった。下馬評では意見が分かれていたが、蓋を開けてみるとクロフォードの圧勝であった。試合が進むにつれ次第に手も足も出なくなり、計3度のダウンを奪われるエロールの姿などだれが事前に想像しただろう。エロールの目から徐々に光が消え、絶望する様子が伝わってくる。あの日クロフォードは間違いを一切おかすことなく冷徹に最後まで試合をコントロールしたのだ。あれほどまでに残酷なボクシングの試合というものを、私はかつてみたことがない。

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そう、YouTubeなどで収益を上げる目的のため、あるいはイヴェントとして盛り上げる目的のため、いろいろ発言するのはもちろんありだと思うが、日常のなかでは極力「わからない」というものを大事にしたいと個人的に思っている。

「わかった」と思った時、あるいは口にした時、わかるとわからないのあいだに絡みついている様々な現実や要素をバッサリと削り落としている気がするのだ。「わかる」「わかった」と口にするとき、実はそのひとが「わかっていないという”現実”を受け入れることをやめた」と表明しているのと同じことではなかろうか、とすら感じる。

前々回のブログにおいて過去レッスンを受けてきた先生たちのことを書いたが、そのなかには私の質問に対しキッパリと「それはわからないです」とこたえた方も数人居たのだ。私ははっきりとした答えを出すひと以上に、それらの先生の佇まいを信頼できるものと感じた。理由はわからないが・・・。

”わからない”とは、言葉で定義しないということかもしれない。言葉の定義から逃れ、変化し続けてやまない現実に対し柔軟に向き合う・・・

「わかる」ほどかっこいい言葉でないかもしれないが、「わからない」という言葉のもつ響きの誠実さが近頃とても好きだ。

 

2026.5.2.

 

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