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親愛なる先生(アルベルト・ポンセ編その4)

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1995年2月、私はパリで24才の誕生日を迎えた。
 
 
フランス語にはなかなか馴染めず、生来の内向的な性格もムクムクと頭をもたげてきて私は
次第に人と会うのが億劫になり始めた。
友達と連れ立って、、、ではなく独りで半日ほどパリの街をぶらぶらと歩くのが日課のような
時期もあった。パリは音楽に限らず美術やデザイン、あるいは料理の関係で留学している日本人
も多かったが、内向的かつ几帳面で、自発的に発言や行動を起こさないタイプの日本人は、
パリに住んでいるあいだに「うつ」や「ノイローゼ」にかかるケースが多く見られた。
 
 
日本人留学生が街中でナイフを振り回した、、、。
 
 
というニュースを聞いたこともあった。自分がそうなるとは思わなかったものの、でもその人の
気持ちは痛いほどわかった。
ちなみにその年のアタマ、フランスのトップニュースは日本に関するものが続いた。
 
*1月17日<阪神・淡路大震災>
*3月20日<地下鉄サリン事件>
 
どちらもテレビ及び新聞で大々的にとりあげられた。
実家に国際電話した折、開口一番電話口で母が言った。
「あんた、、、いま日本はすごいトヨ、、、。」
 
 
 
パリでの生活は「言葉の壁」「演奏技術の壁」に加えて「年齢的な壁」が次第に自分の中で
大きくなり始めた。24歳という年齢は<純粋な音楽の勉強>と<仕事としてやっていくこと
への不安>を天秤にかけてそのバランスに悩む時期でもあるだろう。
今考えれば理想の留学とは「将来のしごと云々」という現実的問題を度外視して「純粋に音楽の
技術を磨く」ことに徹することの出来る年齢期におこなう方が良い。
生活のうちに抱える悩みと不安によって、気がつけば私は「アカデミックかつ理路整然」として
いない<ポンセ先生のレッスン>に対し、不満の矛先を向けてしまっていた。
 
 
<ポンセ先生のレッスン>のすばらしさと意味は、帰国後何年も経て折に触れて気がついた。
ポンセ先生のレッスンの価値は、先生がもってあるその「生き字引的体験」を感触として伝えて
下さるところであり、それらは他の誰にも教えることが出来ない貴重な宝なのである。
M.オアナやA.ルイス・ピポー、P.プティそして師であるE.プジョールといったギター史に確実に
名を残す人たちからポンセが直接受け取った「想い」「感触」、、、、。
だが、当時の私にはその価値が分かっていなかった。いや、それらの尊さは知識としてアタマ
では理解していたが、当時私がパリでさがし求めていたものはいわゆる「普遍的法則」の類
だったのだろう。
私は日本でしっかりそれらを勉強することを胸に誓い、一年間生活したパリをひきはらい帰国
した。
 
 
帰国してからの私は留学していた頃以上に勉強した。
勉強するにつれ、「このことをポンセ先生に習っておけばよかった」と思うことがしばしば
あった。
留学直前、あるギタリストからこう言われたことがある。
「これからの時代ギタリストとしてやっていくのに、上の世代がそうだからという理由だけで
ポンセに習ったってしょうがないだろう。いまさら得るものなんてないよ。」
当時はそれに反論すら出来なかったが、いまなら「そんなことありません。」とハッキリ言い
切れる。
そして帰国して二十年、いろんな方のレッスンを受け、いまだに日々勉強を続けている私の中で
<ポンセ先生のレッスン>の持つ価値は益々「黄金の重みと輝き」が増してくるのを感じる。
それは言い方が変だが、絶滅種を危惧する感情に近いものがある。
 
 
 
もし仮に現在、わたしにお金と時間があって留学できるチャンスがあるとしたら、迷うことなく
アルベルト・ポンセに弟子入りしたい。
 
 
そして、こんどこそ、、、。
 
(おわり)
 

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“親愛なる先生(アルベルト・ポンセ編その4)” への2件のフィードバック

  1. S.Hongou より:

    今回のシリーズを、大変興味深く、拝読いたしました。
    青年期のごく初めに、何者でもない時間を、何者でもない土地で過ごす、ということに、とても興味を抱きました。お恥ずかしながら、拙は一度も国外に出たことがありませんので。
    留学、という言葉に、憧憬と、ある種の潔さを感じます。
    何かを習得するために異国に渡るということは、自分の生まれた場所、所属するコミュニティで、何かを失くすことも、あり得るからだと思います。
    一つ、確信したことは、迷走し、ダッチロール状態を続けている自分ではあるけれども、、ギターを習い続けることは、先生のもとでしかない、ということです。
    ご迷惑かもしれませんが♪

    • ryuji より:

      Hongouさま
      いつもコメントありがとうございます。
      そして昨日は鹿児島でのシャンソンライヴ、遠くからわざわざお越し戴きありがとうございました。
      現時点でのベストは尽くしましたが、「自分のベスト」のクオリティそのものをしっかり上げなければ駄目な時期にきている、と痛感いたしました。
      「他者に敬意をはらい謙虚に吸収する」ことと「自分の内部を情報源とし掘り下げる」ことを今まで以上に楽しんでやろうと思います。
      つまるところ「地に足のついた未熟者」を目指して(?)頑張りますので今後ともどうぞよろしくお願いします。

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