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7月の復習(「セヴィジャーナ」編)その②

 

僕が留学先のフランスで通っていた学校は、私立エコール・ノルマル音楽院という。

名ピアニスト、アルフレッド・コルトー(1877~1962)が設立した学校で、初代ギター科教授として任命されたのが、F.タレガ門下のギタリストであるエミリオ・プジョール(1886~1980)であり、さらにその跡を継いだのが彼の愛弟子のアルベルト・ポンセ(1935~2019)であった。

ポンセ先生に師事した日本人は数が多く、私もきちんと把握は出来てないしするつもりもないが、大先輩としては、故酒井康雄先生、福田進一先生、田口秀一先生他多数。僕の後では竹内竜次さん、キム・ヨンテさん、村治佳織さん、坂場圭介さんその他多数。ポンセ・クラスにはステファン・シュミットやロラン・ディアンスといったギタリストも在籍していた。そう、お分かりのように優秀でないのは僕ぐらいで、あとは皆様大変素晴らしいギタリストばかりなのよ。

それはそうと、なぜここでノルマルの話を出したかというと、カリキュラムの話をしたかった。僕が留学したころのノルマルは福田先生留学時と違い、非常にラクだった。なにせ年間課題曲は5曲しかなかったの。ちなみに六学年制の5年生として入学した僕に課された年間課題曲は・・・

*リュート組曲4番より Prelude (J.S.バッハ)

*第二グランド・ソナタより Allegro non troppo (F.ソル)

*気まぐれな練習曲 (M.リョベート)

*セヴィジャーナ (J.トゥリーナ)

*主題と変奏(L.バークリー)

 

これら5曲を約一年間かけて5年生は練習する。ポンセ先生のクラスは人気が高く生徒がいっぱいで、自分のレッスン番が回ってくるのは2週間に一回。だが他の生徒のレッスンを自由に見学できるので、それが非常に勉強になった。なんせやってる曲は同じなので・・・。

ポンセ先生は5年生と6年生を受け持たれていたが、つまりそれは6年生のレッスンも自由見学できるという事。ちなみに参考までに当時の6年生の年間課題曲は以下の感じだった。

*シャコンヌ(J.S.バッハ)

*ロッシニアーナ第一番(M.ジュリアーニ)

*近代ソナタから一曲(ほとんどの生徒がM.ポンセの『ソナタ第三番』)

*ギター・コンチェルトを一曲(ほとんどの生徒がJ.ロドリゴの『アランフェス協奏曲』)

*無窮動(P.プティ)

 

どうです、5年生と6年生のカリキュラムのヘヴィーさの違いが分かっていただけたでしょうか?それでも当時の僕は、5年生カリキュラムだけであっぷあっぷしていた・・・。

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はい、それでは前回の続きです。

 

A・・・冒頭から2/4アレグレットまでのラスゲアード部(1~31小節)

B・・・付点リズムのモチーフから始まる部(32~69小節)

C・・・3/4アレグロからのソレアレス部(70~87小節)

D・・・5度の跳躍によるカンテ部(88~121小節)

D’・・・4度の跳躍によるカンテ部(122~147小節)

C’・・・ソレアレス部(148~166小節)

B’・・・付点リズムのモチーフから始まる部(167~211小節)

A’・・・ラスゲアード部(212~234小節)

 

という感じで、仮に場面を分けたんでしたよね。

んで、Cのソレアレス部です。

トゥリーナの「ソレアレス」といえば、そう、最後のギター作品『タレガ讃歌』2曲目の「ソレアレス」を思い浮かべていただけるとよいですね。あのコード進行の感じを、この「セヴィジャーナ」では三連符のアルペジオでトゥリーナは書いてるのですが、オリジナル通り弾くのは至難の業ですので、僕は低音メロディーをセゴヴィアのようにオクターブ下げて弾いてます。もちろんセゴヴィア版で弾いてもよいと思うし、オリジナル版に挑戦したい方はどうぞ御自由に・・・。僕のは折衷版です。

低音のメロディーは、

ソーー | ラシラ | ソーー | ラシラ |

となっていますが、ポンセ先生は「”シ”にテヌートだ」としきりにおっしゃってた。これは当時の僕のアタマでは分からなかったが、今思うと「ソはラに向かい、次を”シラソーーラ”と取る」意味合いでおっしゃってたのだろう。要はフレーズの頭に当たる”シ”を強調して唄うことで、フレーズ感をハッキリ打ち出す意図を含んでいたと思われる。

そして88小節目、場面Dに突入するのだが、その小節の一拍目アタマの休符の緊張感は、音楽としてとても大事だと個人的には思うけどなあ・・・(ちなみにセゴヴィア版はそこにベース音を足している)。ここはいわゆる唄(カンテ)の部分。ここからしばらくの時間が《この曲全体で一番重要な場面》といっても過言ではないのだが、ここの場面を【弾いている本人が退屈して】弾いていたら、たぶん聞いている人はもっと退屈しているはずだ。なんとかしてくれ・・・。

近頃の僕だったら、D~D’にかけては割とイン・テンポ主体の「オーケストラ的演奏」でサクサクと弾く気がする。エスプレッシヴォとかコン・エモシオンとか書いてあるところはルバートを使って歌わせるが、書いてないところはむやみにルバートを乱発せず《近代フランス》のオケ作品のイメージでクールに処理するかもしれない。むしろ次のソレアレス部(C’)のほうが、ルバートを駆使してメロディーをエスプレッシーヴォに歌わせたいところ。

B’は前回書いたとおりだが、B’からラストのA’に向かってなが~いトンネルがある。【デリケートの極み】でスタートするこのトンネルは、走ってしまうよりは落ち着いてクールに処理した方がよい。クレッシェンド、デクレッシェンドや強弱記号を無視したりサボったりせず、丁寧に拾っていこう。

最後のA’は前回書いた拍のとり方を、ここでも実践してみるとよい。ラストの小節は最もいい加減になりやすいが、まずゴルペを休符に置き換えて【完全イン・テンポ】でサラうことを強くお勧めする。しかるのちに休符のかわりにゴルペを入れてみる。

 

最後に私の個人的感覚をひとつだけ述べさせていただきたい。私はホアキン・トゥリーナの作品は、近代フランス音楽の側面が非常に強いと考えている。スペイン的な素材を用いてはいるが、その管弦楽的手法及び作曲はパリのスコラ・カントルムでヴァンサン・ダンディから学んだ ”フランス近代音楽の手法” がベースであることは疑いようがない。郷里の先輩である I.アルベニス、E.グラナドス、M.デ・ファリャ、そして彼らの道標となった音楽学者フェリペ・ペドレルの打ち出した「我々はスペイン音楽をそのままやるのでなく《ヨーロッパの人々に向けた、あるいは通用するスペイン音楽》を作り上げる」という方向性を、トゥリーナはしっかりと堅持し続けた。

ちなみに、わが師アルベルト・ポンセはセヴィーリャ生まれのスペイン人であったが、一年間に渡る「セヴィジャーナ」レッスンを通じて、 ”セヴィーリャのローカル性” ひいては、”スペイン音楽の演奏流儀” などに言及したことは ただのいちども無かった。

そういうことだ。

 

 

2026.8.27.

 

 

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