意識の変遷(その1)

 

留学から帰ってきた20代半ばの頃、、、
今思い返せば様々な思いを胸に抱えていた。

 

1:自分の生活基盤を確立したい
2:クラシックギターの世界で自分の居場所を確保したい
3:自分の演奏力をもっともっとあげたい
4:その為に音楽というものを深いところで理解したい
5:あわよくば有名になって一流音楽家のそばで活動したい
6:自分が師事してきた巨匠達のようなレッスンを、自分も目の前の生徒に対してできるようになりたい

 

恥を忍んで挙げるとざっとこんな感じだろうか。
当時はストイックに自分を追いつめる厳しさそのものを良しとしていたため、自らを常にプレッシャーに晒していた。
《鬼気迫る演奏》そんなものに憧れていた。
ぬるま湯がなにより許せなかった。

 

アンサンブルにしろレッスンにしろ、ぬるま湯や妥協がきらいだったため、自分よりキャリアのある音楽家と一緒の時は食らいつくようにして勉強したし、努力が見られないひとに対しては、たとえ自分より年長者であろうと軽蔑してきた。
本来、長距離走は苦手ではなかったはずの私だが、そのやり方を続けた数年のあいだにみるみる失速していったのは、今振り返ってみると決して偶然ではない。

 

1については帰国当時24歳だったこともある。
同級生たちが就職し、一家の大黒柱となって仕事する姿を横目で見る年代でもあった。

2については”ギター界”というものが存在すると漠然と思っていたから当然である。振り返ると割とはずかしい。

3については自分の技術が世界的水準に到底満たないと考えていた。
今でもそう思うが、だからといって水準を満たしたからどうだというのだろう。
逆に満たさないと楽しく活動できないかといったらそうでもない。

4については現在も当時も変わらない。

5については今回もっともはずかしい告白である。
しかも”あわよくば”というのが、如何に中途半端なことだったか、、、

6については後述する。

 

こうして当時の自分を振り返ると、いかに「他者との比較」のなかに自分を置いていたのかが、今さらながらよくわかる。
だが30歳になった時点で、自らつくりあげたプレッシャーとスランプのために、私は完全に息切れし、立ち止まることになった。
だがそのタイミングから数年間にわたって、こんどは権威とは無縁の《すごいひとたち》が次々と目の前に現れ、手を差し伸べてくださるのだから本当に不思議なものである。

 

(つづく)

 

2020.5.9.

 

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