マスク随想

 

コロナがここまで猛威を振るうことになるとは、ひと月前に誰が予想しえただろう、、、

 

 

「俺には予想できていた!」と自分がさも偉大な予言者であるように威張り散らす連中は

とりあえず無視して、ここまでくれば感染するかどうかはもはや運である。

私の場合、これまで通り《手洗い》《咳&くしゃみエチケット》を徹底するほかに、感染しても

自分のからだを守れるよう、日頃から免疫を付ける生活を送ることを心がけている。

ちなみに「睡眠をしっかりとる」ほか粘膜を強化するために蓮根、おくら、山芋、なめこなど

”ねばねば系”の摂取がこの状況下ではよい、と私の信頼する京都のお医者先生がおっしゃっ

ていた。

 

 

必要火急の外出時、おなじく通りを歩いている人を見ると、お手製のおしゃれなマスクを

しているひとも時折見かける。

いかなる状況でもクリエイティブな方向に向かえる人を見て、なんだか頼もしくも思えるのだが

じつはそのとき私の脳内はほぼ同時進行で別な”ある記憶”を辿っていた、、、

 

 

小学3年生の春だった。

友達の間で”恐怖の口裂け女”の話が出回った。

その話によると、下校時の小学生をねらってマスクをした髪の長い女がこう声をかけてくるそう

なのだ。

「わたしキレイ?」

キレイと答えると「これでも?」と言ってマスクをはずす。

なんとその口は耳まで裂けている、、、というもの

 

 

今もそうだが、当時の私は非常なこわがりだった。

なんせ歌謡番組”ザ・ベストテン”に初めて横浜銀蝿が出た時、「うわ、こんな悪そうなひとたち

が世のなか居るんだ!」と身体の芯から震えがきたくらいのこわがりなのだ。

当時のそんな私にとって口裂け女の衝撃というのは、わざわざ”恐怖の~~”と冠を付けるのが

野暮なくらい充分恐怖だった。

 

 

数か月、世間を騒がせたあと口裂け女の話はパッタリ止んだ。

ただその数か月間、世に出回った《遭遇した時の対処法やおまじない》の他、商魂たくましい

《口裂け女グッズ》の類いは今でも私の記憶に深く刻まれ続けている(早くそんな記憶捨てて、

曲のひとつやふたつ覚えたらいいのに、、、)。

 

 

当時スーパーの前に置いてあったガチャガチャ(地域によってはガシャポンと呼ぶらしい)。

10円玉を入れて、ハンドルレバーを回すとカプセルに入ったおもちゃが一個コロンと出て

くる。

それで赤いプラスチック製の”口裂け女のくち”を手に入れた小学3年生の私は、家に帰って

早速装着し、口裂け女ごっこに興じた。その日はどうしても夕ご飯を終えるまで装着して

いたかったが親に却下された。いつの世も大人はわかってくれない、、、

 

 

いまでもマスクをした髪の長い女を見ると、あの頃の記憶が一瞬だけよみがえる街角中年

ハードボイルド・ギタリストであった。

 

2020.4.5.

 

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