ジャズに学ぶ

 

”ジャズギター万年初心者”を長年やってきた私だが、最近すこ~~しだけ光が見え始めてきた

ことを実感している。

それは現在、私の周りに素晴らしいジャズメンが居てくれて、私の疑問に対しステキなアド

ヴァイスをくださる環境だということももちろんあるのだが、それと同時に自分の持つ疑問が

わたしのなかで最近、かなり具体的に言葉にできるようになってきたこともある。

つまり”ジャズ演奏のココがわからない””ココができない””ココの能力を上げたい”などが

ハッキリしてきたのだ。質問が具体的だから、答える方も答えやすいのだ。

 

 

《質問》というのはある程度、自分を客観視して整理しないと出来ないものである。

やはり「自分はこうなりたい」「誰々のようにこう弾きたい」などの憧れが先にあって、

そののち質問というものは具体的になってゆくのではないか?

この手順を踏まずに「私はダメだなあ」「なんでできないのかなあ」「なにがわからないのか

わからないが”出来てない”のだけは確かだ」などとばかり思いを巡らせていると、次第に

頭の中は「音楽の才能が無いから、、、」「子どもの頃からやっておけば、、、」「リズム感が

無いから、、、」という(私が一番きらいな)考え方になってゆく。

 

 

ちなみにリズム感は全人類にそなわっている。

と言うか、「リズム感無し」では人間、日常生活が送れるはずがないのである。

ただ”楽器をもって演奏する”という作業段階で、それをやりながら同時進行で”リズムを

感じる”ことが出来るかどうか、、、だと思うのである。つまり【楽器演奏】と【リズム感】が

共存&両立できるか、、、そこを訓練すればいいのである(この文章が意味不明な方は、ご自分

の先生に尋ねるか、唐人町ギター教室に来なさ~い!)。

 

 

実際の演奏はまだまだ拙いが、ジャズから学んだことはすでにたくさんある。

クラシックが時代の流れとともに(ルネサンス~バロック~古典~ロマン派~近代~現代と)

スタイルを変えてきたように、ジャズも1900年代初頭から目まぐるしくスタイルを変えて

きた。ブルースやニューオリンズ~スイング~ビバップ~クールやハードバップ~モードや

フリー~フュージョンなど、、、。

 

 

過去のスタイルが増えるにつれて、みんなが皆、最先端の音楽をやらなくなるのはクラシック

もジャズも同じである。過去のものとなったスタイルのなかで、発見や発展がみられることも

当然あるから、過去のものを一概に”古い”とも言えない。90年代など例にとると、クラシック

の世界では、当時の現代音楽以上に、古楽の世界のほうが”あたらしくクリエイティブ”な動きを

じっさい見せていたようにも思える。

 

 

そういった事実も踏まえ現在の状況を見まわしてみると、クラシックもジャズも最先端のモノ

(感覚)にお客はついていけていない。だがこのことは別に悲観すべきことではない。なぜなら

いつの時代もそうだから。ちなみに念のためお断りしておくが《音楽的に最先端のモノ》と

《流行の最前線で商業的に売れているモノ》は、全然ベツモノであるから混同しないように。

 

 

ここで大切になってくるのは、それぞれのシーンで活動している人達がついていってるかどうか

なのだが、現在進行形の最先端の音楽に対し、現役ミュージシャン達が《ついていっている》

率は、クラシックに比べてジャズの方が圧倒的に高い。

 

 

先日、福岡在住の”あるジャズギタリスト(ほぼ同世代)”に教えを請うた。

レッスンの後半、『酒とバラの日々』のアプローチを尋ねた折、丁寧に細かく教えてくださった

後、「じゃあ、次は僕がライブで実際にやるようなプレイをしてみますね。もし聴いていて

”分からないところ””知りたいところ”があった時は、途中でも遠慮なく止めてください。」

と言って弾き始めた先生。ところがそれは私にとって即座にストップをかけざるを得ない内容の

プレイだった(その間わずか二小節進んだのみ)。

 

松下:「えっ?なんすか、今の!」

先生:「ああ、これは代理VI度マイナーのメジャー7th、つまりI度メジャーのオーギュメントに

なるんですけど、最近ではNYのカート・ローゼンウィンケルあたりがよく使うヤツですね。」

 

それは私のなかの固定観念がガラガラと崩れるサウンドだった(アウトサイドというよりは

コードトーンの感覚で使ってたところがミソ)。

 

 

楽器店でレッスンの合い間に、ジャズ教則本やインタビューを立ち読みするのが趣味(買う

ときゃちゃんと買いますよ!)であるが、近年その種類の多さには目を見張らせられる。

これだけいろいろ出てるということはそれだけの需要があるんだなあ、、、と感心すると同時に

そこには最先端の活動をする人たちと、それに興味を持ってついていってる愛好家やプロの間で

ある種の”対流”が起こっているのを感じるのである。

 

 

ソルやタレガ、バードやトレーンから学ぶことは勿論大切ではあるが、それらを学ぶのは

ひょっとしたらミュージシャン各人が、次に来たるべき新しい感覚に備える為なのではなかろう

か、、、という思いがふと頭をよぎったりする。

 

 

クラシックギターとジャズギター両方の現在の最先端を熟知してある尾尻雅弘、鈴木大介両氏

には、その辺りがどう映っているのか、、、個人的にインタヴューしてみたい気になった。

 

2019.12.1.

 

カテゴリー: エッセイ, 明日のギター演奏の為に   パーマリンク

ジャズに学ぶ への7件のコメント

  1. 柳武史雄 より:

    尾尻さんと鈴木さんのインタビューを楽しみにしております!!

    • ryuji より:

      柳武 史雄さま

      いやープライヴェートでいいので、うかがってみたいですよね~その辺のお話。
      現代日本のクラシック作曲家に近いところでお仕事され、且つジャズ愛も深いハイブリッドな御二方ですので。

  2. 荒田和豊 より:

    ジャズとクラシック、、興味ある内容でしたので書きました。
    クラシックは音色作りと、音楽を作曲者の要望通りある程度再現する。コレが意外にも体育会系。フレーズが完成するまで何回も稽古。まるでスポーツ感覚。それに比べてジャズは奏法は自由だけど一流はやはり音色がいい。それと演奏しながら自作して作曲的に完成していく、、もちろんその前に計画。音もよく聴かないと自分を見失う。自分も少しだけJazを理解したくて勉強してるけど、、圧倒的にクラシックの大方の演奏家は楽譜に甘んじてる。クラシックもJazも一流は同じだと思うけど、、両方の感覚が大切と思う。

    • ryuji より:

      荒田 和豊さま

      コメントいただきありがとうございます!
      荒田先生のように長年プロオーケストラの首席をつとめられた方のお言葉はズッシリきますね。
      作品を計画性をもって複数人数で組み上げてゆく場合には、クラシックミュージシャンがもつ《楽譜に血を通わせる能力》がなんといっても重宝します。
      クラシック以外の分野の方とご一緒する時は、いかに《自由》と《コード》を与え、お任せで放っておくか、、、(笑)。その方が大体良い結果になりますね。
      願わくばクラシックの先端で起こっている意識上の発展が、(ジャズのように)現役ミュージシャンとの間に対流を起こしますように、、、

  3. 柳武史雄 より:

    ちなみに、尾尻さんが所持しておられる7弦アーチトップは僕のボディマウントタイプの方の色違いの兄弟or姉妹ギター(尾尻さんはナチュラル、僕はサンバースト)で、同じロットで製作されている、それぞれ世界に一本ずつのギターなのですよ〜!

    さらには、尾尻さんの奥さまであるクラシックギター奏者の斎藤明子さんは、僕が音楽の道に進むきっかけを作ってくださった方なのです。(ご本人はその事をご存知ないですが…)。

    • ryuji より:

      へえ~、そうなんですね!
      あ、ちなみに元奥様です
      斎藤さんは鈴木氏の姉弟子にあたる方ですね
      こちらも非常に素晴らしいギタリストですよね
      世の中すごいひとばっかり、、、

  4. 柳武史雄 より:

    あ、そうでしたか〜!
    お教え頂きまして、有難うございます!!

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