けんもほろろ、、?

 

昔の話。

「おまえら、『けんもほろろ』って聞いたことあるやろ?あれの語源はどういう意味や?」

福田進一氏の不意を衝く問いかけに、その場に居た(私を含む)若いギタリストたちは呆然と

なった。福田先生は時々そういった啓蒙的な遊びで我々を刺激した。

「”けん”ってなんや?”ほろろ”の意味はなんや?」

誰も答えられない。まだネットがそこまで普及する前の話だ。

その時その場に居る全員かどうかは知らないが、大半はこう思ったに違いない。

「家で早速調べて明日には先生に報告しよう。」

要はその気持ちがあるかどうかを含めて当時の氏は問うていたのだ、と今にして思える。

 

 

それから数年後の話。

「ルネッサンス当時のヴィウエラ奏者は7人です。名前を7人全員言えますか?」

池田慎司氏主催のギター合宿。ゲスト講師富川勝智先生による『ギター音楽史講座』での一場面

である。

富川氏の問いかけに若いギタリスト達は一斉にスマホをいじりだした。

スマホどころかケイタイも持っていない私は、そのとき”時代の変化”に対してではなく、

”意識の変化”に対して思わずたじろいだ、、、。

 

 

会話中でもスマホをとりだして素早く検索し、その場に知識を補充する。

それは知識というものがもはや「個人個人が保持する必要のないもの」となってしまったことを

意味する。

一方得られた知識をもとに、頭をつき合わせて「う~ん、なんでだろうね?」と言いながら

”法則”や”心情”めいたものを共に探る《対話》は、今のところまだ有効だ。だがそこが

ネットで補填されたあかつきには、ひとの会話はますます減ることになるかもしれない。

 

 

ここからは私の妄想タイム。

科学や技術を開発するひとを制御したり止めたりすることはこれからも不可能だろうか?

あるいはかの人たちの「自分は開発することが仕事で、それが世の中でどういう使われ方を

するのかまで責任持てません」という姿勢を少しだけ方向転換させることはこれからも不可能

だろうか?

そして時折言及されるように「その暴走を止めるのが文化の役割」なのだろうか?

私はわからないまま日々過ごしている。

 

2019.7.4.

 

カテゴリー: エッセイ, 生活の中の音楽 音楽の中の生活   パーマリンク

けんもほろろ、、? への12件のコメント

  1. S.Hongou より:

    一頃前に、大学の論文が「コピー&ペースト」で作成提出される、ということで、世間をちょっとだけ騒がせた記憶があります。
    身近に検索できる機械は便利ですが、身に付くものかどうかは、不明。

    お手軽さが大切な時代になりました。

    開発し作る人は進化して、使うだけの人は空っぽになるのだろうなあ、と思ったりします。

    • ryuji より:

      S.Hongouさま

      そうそう、是非を傍らに置いて言えば、つまりは知識を”身に付ける””身に纏う”必要がなくなった世界。だって”検索ポン!”で、出てくるから、バッハの生没年を必死で暗記する必要などがないわけで、、、(テストの時以外)。

      以前楽器店で、エレキ見てたらやっぱりあるんですね。《自動チューニング機能付きギター》!!
      オープンチューニングなんかも設定のボタン一つで糸巻きペグが各自ぐにゃ~って回るんですぜ。
      この変化をサウンドエフェクトとして利用できるなら、本来の目的と違うけど面白いな~と思って見てました。

      人間こうやって退化していくんでしょうね。でもそれは洗濯機が出現した時にも同じこと言われたりしたんじゃないかな。

  2. S.Hongou より:

    洗濯機と炊飯器は、女性を解放したので。

    学ぶ、記憶する、という行為が人間が特化してできるものなのに、それを手放したら、人はどこに行くのかなあ、とぼんやり。

    音楽、文学を学ぶときに検索で知った知識だけでは前に進めないことがあるのではと危惧します。

    AIにはまだ美しくギターは弾けないだろう(多分)から、横取りされないよう励みます。

    • ryuji より:

      それを解放と言ってしまうと論点が大きく変わりますな。
      今回、要は技術の話であって、不便なところにはひとが技術を(場合によっては人格をも)向上させ得る余地がある、それが労働であろうと趣味であろうと。便利なところはその世界においてひとが向上する余地がせばまる、それが労働であろうと趣味であろうと。
      苦労の世界であろうと、楽しい世界であろうと不便である以上そこに技術(人格)向上の余地は存在するわけで、姿勢としてそこへどのように向かうかは、あとは個人個人に委ねられることでしょうね。その意味においては楽器演奏も洗濯も私の中で違いはありません。

      • S.Hongou より:

        思いつかない見方でした。ありがとうございます。

        • ryuji より:

          いえいえ、生意気ばかり言いまして。決して私が正しいなどとは思いません。
          いつもコメントいただきありがとうございます。

  3. 麻尾佳史 より:

    いつも新しい気づきをありがとうございます、楽しみに拝見しています。

    もう15年ほど前になりますが、大学院の入試勉強をしていて、「知識はネットから拾える時代になっているのに、こんな試験勉強時代遅れちゃうか」と思いました。

    友人にそんな愚痴を言うと、「電卓があるからって、九九は覚えなあかんやろ。」と言われました。いま俺たちがやってるのは、研究者にとっての九九みたいなもんちゃうか、いちいち調べたりしなくても思いつく内容でないとあかんのやろ、と。

    ヴィウエラ奏者を覚えることは、残念ながらほとんどの場合には不要で、必要に応じて調べることで代替できるように思います、、しかしたとえば、「ナルバエス(私は彼しかわかりません。。)」と言う名前をどこかで見たときに「ヴィウエラ奏者のナルバエスと親族関係があるんだろうか」と想像を働かせられれば、そこから新たな発見があるやも知れませんね。そう言った能動的で有機的なつながりは、検索からは得られない内容で、知識として修得した人の特権です。更にいうと、その結果をまたネットの海に放つことで、さらなる有機的繋がりのきっかけになることもできますね。

    電卓や洗濯機、翻訳機などは、それ自体はやはり進化なのだと思います。それに応じて、修めるべきスキルや知識の量を省略し、その分を他のスキルの拡充に割り当てられるはずですから。そこを怠れば、個人にとっては退化に繋がりかねないですけど。でもこれは、インターネットに限らす人間文明全てに言えることかもしれません。現代を生きる我々が、ピタゴラス旋律を自力で解析することなく、12音を使って音楽を楽しむように。

    文明の恩恵にあずかっていることを理解したうえで、これまで割いていた労力・時間を今後どこに向かわせるか、と言う命題を、開発者を含めた個々人それぞれが考えることが重要なように思います。正解なんてないでしょうけど。。

    長文になってしまいましたが、けんもほろろな対応をされずに済むことを祈ります(笑)

    • ryuji より:

      麻尾佳史さま

      すてきなコメント戴きありがとうございます!
      なるほど、研究者にとっての九九かぁ、、、(笑)。わかりやすいたとえですね。
      じつは私の場合、不思議と”九九”よりも”研究者にとっての”という言葉の方がなぜか深く受け止めたくなります(笑)。
      その線引きは一体だれがする(した)ものか、、、。

      それはさておき、私自身”文明の恩恵”には非常にあずかって日々生活しているので、抗うとしたところでせいぜい個人レヴェルのささやかなものです。
      私が時折そこに批判の目を向け抗う目的は、あくまでも【自分の生活】と【文明(科学や技術)の進化】のあいだの距離を自覚し測定するためであって、基本他者に向けられたものではありません。

      以下の三つのたとえは、”その是非を問う”ことを抜きにする前提で、《ただの事実》として受け止めたいことです。そこからアタマやカラダをどう使うかは人によって違うものだとは思います。

      《古の吟遊詩人と呼ばれる人達は、記憶力がむやみやたら良かったそうです。彼らが文字を使用するようになるまでは》

      《むかしむかしある村に、洗濯の大変じょうずなおばあさんが住んでいました。村の女性たちの尊敬を一身に集め、誰に聞かれても自分が苦労して身に付けた”洗濯のコツ”を丁寧に教えてあげました。やがて時代は変わり機械は進化し、洗濯機なるものが登場。(ジェンダー的視点に立つまでもなく)洗濯機は多くの女性を重労働から解放しました。いっぽう長年苦労しておばあさんが身に付けた洗濯の技術を聞きに来る人は、誰一人いなくなりました》

      《我々ギタリストは、12平均律である自分の楽器を調弦する時、ふたつの音を鳴らして周波数のうなりが完全におさまる”ゼロ点”で合わせてはいけません。ハーモニクスでも実音でもうなりがウッスラと残るよう、狂いを分散させるのがギターの調弦法です。それはふたつの音の響きのうなりを注意深く感じながら(聴くではない)おこなう、非常に繊細な技術です。チューナーの登場は、その技術を身に付けたくないひとたちをその苦役からみごとに解放しました》

      科学による進化はいったん世に出ると後戻りができません。個々人意識レヴェルでは如何ともし難いほど昨今の開発のペースは速く、モラルの方が全然追いついてないことを未来の子供たちのためになんとかしたいが、どうしようか、、、といったところです。やはりエリアをせばめて、自分の身近なひとたちと折に触れてどう会話をするか、、、が最も報われるのかもしれません。

      この長文なら”けんもほろろ、、、”って感じではないよね(ぎゃくにめんどくさいか、、、ごめんなさい)。

      • 麻尾佳史 より:

        丁寧なご返信ありがとうございます!

        ご提示いただいた3つのたとえは、全て良い面も残念な面も内包しますね。それを理解し、身近な人と共有することが必要なのでしょうね。懐古主義ではなく、よりよい未来に向かうために、進化前を知るものとして。

        • ryuji より:

          わたしの言いたいことを相変わらず寸分の狂いなく汲み取って下さる麻尾さんに敬意と感謝!!

  4. タミフル大好き より:

    《自動チューニング機能付きギター》を見て「サウンドエフェクト」ですか。
    はよバンド再開してください。

    • ryuji より:

      タミフル大好きさま

      そうなんです。あれ見た瞬間、開放弦6本”じゃ~ん”と弾いて別設定のチューニングのボタンをポチッと押したら、サウンド的にはケンシロウに秘孔を突かれて”ひでぶっ”みたいに音がねじ曲がったりするんかいな、、、と想像しワクワク。
      使えたとしてもワンステージにつき限定一回かしら、、、(笑)

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