クラシックギターは何処へ

 

戦後とは言っても、私自身71年の生まれだから、それ以前の戦後(1945~1970)については

本、写真、映像、諸先輩方の体験談を通した形でしか知らない。

しかも私がギターと関わり始めたのは78年(7歳の時)であるから「日本を取り巻くギター界

を直接に体験した」と胸を張って言えるのは、実は80年代半ばから現在までのわずか30年と

ちょっとの期間である。

 

 

その”30年とちょっと”の間に起こった劇的な変化として非常に覚えているのは、M.バルエコ、

D.ラッセルら新時代のスターの台頭にともない、アポヤンド、ポルタメント、テンポ・

ルバートが使えない雰囲気が醸造されていったことである。

「そんなの自由にやればいいじゃないか」

と当時言い切る勇気のある人は”時代遅れ”として徐々に片隅に追いやられていった(無論現在は

そんなことはない)。

時代の雰囲気というものは意外と権力を持つものである。バカにならない面がある。

それまでの”セゴビア追従世代”に対する下の世代の反動として、当時のそれは世界中に広がって

ゆく、いわゆるひとつのムーブメントの様相を呈していた。

 

 

もうひとつ昭和末期から平成はじめにかけて印象的だったことは、福田進一氏の出現と活躍

である。

フランスから帰国され、デビュー・アルバムを発表された頃から、私は生(ナマ)で氏の演奏に

接してきたのだが、日本のギター界に与えたインパクトとしては、なんといっても『21世紀の

タンゴ』(1987年)が最大であった。収録されている「タンゴ・アン・スカイ」を皮切りに、

日本中の愛好家がこぞって氏の最新レパートリーを追いかけ始めたのである。

たしかに氏の選曲には、当時の若いギタリストが飢えている”夢”や”活気”があふれていた。

その結果「新しい”ヒット曲”が生まれる」という、普通他の楽器には起こり得ない異例の現象が

クラシックギターの世界において、その後数年間続くこととなる(例「11月のある日」

「サンバースト」「コユンババ」「愛のワルツ」「ブエノスアイレスの夏(もちろんギター

編曲版という意味)」「バーデンジャズ組曲」など)。

 

 

誤解を生まないよう言っておくと、決して福田氏ひとりが時代を牽引していたわけではない。

だが今のように情報が多様化している時代と比べれば、それはスターの時代であり音楽産業が

力を持った時代である。もちろん今もそれは残ってはいるが、それにしてもあの頃はやや異常で

あった。

ちなみに私の場合、現時点で全面的にそれらを否定する気は無いし、私にとっても楽しかった

思い出の一部であることにかわりはない。

 

 

これからクラシックギターをとりまく環境がどのようになっていくのか分からない。

ただ九州の地で活動していて気になるのは、やはり”愛好家”の少子高齢化問題である。

”若いプロ”が育っているかどうかよりも、私にはそちらの問題の方が気になって仕方がない。

あとはベルリンフィルが、「アランフェス」のソリストにカニサレスを起用して数年経つが、

今後益々そのような事態は増え続ける可能性がある。つまり「クラシックの素養もある専門的

(スペシャリスト)ギタリスト」の方が、「世界最高峰のクラシックギタリスト」を使うよりも

面白いものが出来るのでは?と天下のベルリンフィルが判断したということ。

これは常に定食屋のようなことを生業としているクラシックギタリストにとっては大変な事態

なのであるよ。

 

 

だからプロのクラシックギタリストは、自分たちクラシックギタリストの存在意義というものに

対してもっと自覚的になりましょうよ。

ひとが弾かない珍しげなかっこいいソロレパートリーを弾いて自分のうまさを誇示するという

気持ちだけじゃクラシックギターは滅びるのよ、、、。

 

2019.4.1.

 

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