”質問”とは?(その3)

 

前回のブログを書いて二日後の今日、ようやく私と同見解のコメントが、主に《ステージに立つ

立場の人間》の側から出始めた。

この数日、世間の動きを見ていて改めて気付かされたことは、コンサートなどの会場に足を

運ばれるお客さんというものは、”ステージに立つ人間”と”自分(達)”との関係しか意識

してない人が大半であるという事実である。

 

 

このことはもちろん誰の罪でも責任でもない。

しかしイヴェントというものは、私が常々力説していて皆さん耳タコかもしれないが、三つの柱

で成り立っている。

ひとつは(舞台に立つ人も裏方も含めた)ステージを進行させる人間。

もうひとつは、その日その時間のためにお金と時間を費やし会場で立ち会う人間。

そして三つ目の柱は、どの会場にどのような宣伝の仕方でひとを集め、イヴェントを運営するか

の全責任を負った主催者(興行主またはプロモーター)。

 

 

私のように活動が小規模な人間の場合、第一と第三の柱を同時に請け負う場合も多々あるの

だが、この”第三の柱”のキャラクターや仕事ぶりが、じつはイヴェント全体の印象を大きく

左右してしまうほど影響を与えることについては、世間ではほぼ認識されていない。

認識されてないからこそ今回のように”舞台に立つ立場の人間”が”世間”から直接に叩かれる、と

いう現象が起こってくる。だが今回についてはあきらかに第三の柱に問題があったのだ。

 

 

繰り返しになるが、そのイヴェントがいい時間になるかどうかは、この”第三の柱”がどのように

宣伝し、どのようにひとを集め、【当日つくりあげた客席】かで、ほぼ決まると言っていい。

もちろんイヴェントが始まってしまえば、”第一の柱”の力量が問われるのだが、第三の柱の

事前の取り組み次第で、”いい時間” が5倍にも10倍にも膨れ上がるものである。

私の経験上、そのことは幾度力説しても、し足りないほどである。

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本題の最終回。

”質問”というものについて考察してきたが、前回触れた話の要点をかるく反芻してみたい。

レッスンという場においては、”質問”に対する”答え”が、生徒と先生の《人間同士としての理解

あるいは絆を深めるため》のものである。

それに対し、生徒が目の前の講師の”演奏の感触”をいかに真似するか、が《実際の演奏のため》

には、より実践的なことであり重要なことと思える。

そして前回触れた、邦楽の《質問してはいけない世界》には、そういった意味合いも含まれて

いるはずである。

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ジャズギタリストの布川俊樹さんが以前、教則本の中のコラムで書かれていたことに非常に共感

した。長くなるがぜひ紹介したい。著作権侵害の連絡がきたらすぐに削除する(笑)。

 

『ジャズ・ギターがうまくなる人、ならない人』

タイトルに関しては、別にどんなジャンルでも良いんだけど、これは”問題意識”に尽きるだろう。要するに、今の自分がどういう状態でどういうレベルにあり、またどういう存在を目指すのか?それを厳しく第三者のような眼で自己評価できるか、ということだと思う。自分は今何ができて何ができないか?問題点をクリアして行くにはどういう練習をすれば良いか?それは独学であろうと、誰かにレッスンを受けていようと自分自身で考えて行かなければいけない。先達に言われたことや本に書いてあることも自分で発展的に考え、練習を自分のためにカスタマイズしていくことが大切なのだ。

そういった”問題意識”は質問の立て方(あるいは自分自身に課す課題の立て方)に現れる。何事もそうだが、どのような質問を立てるかによって、有意義な情報を得られるかどうかが決まってくるのだ。僕は立場上、ジャズに関する質問を受けることが多い。非常に困ってしまうのは、例えば見ず知らずの人が”スウィングするコツは何ですか?”というような質問をしてきたときだ。これは答えようがない、あるいは以下のようにいくらでも答えられる。”跳ねること””あまり跳ねないこと””レガートで弾くこと””ただ音を繋げないで適当に切ってリズムを出すこと””ゆったり弾くこと””フレーズに加速するようなスピード感があること””とにかく良いジャズを聞いて感じを掴むこと””たくさん練習すること””よく遊ぶこと””僕、スウィングしてないからわかんないなぁ”などなど。

あまり一般的に意味ある答は出てこないでしょ?これは質問の立て方がまずいのだ。あまりに質問の範囲が広すぎて大雑把なのである。どういうレベルの人が言ってるのかによって、答えはまったく変ってくる。”自分が是々こういう状態にあり、こういう点がまずくてどうにも気持ちよくないんですが、スウィングするコツは何ですか?”と聞かれればまだ説明できるし、答えも質問者にとって有意義なものとなっていく可能性が高い。それと一応プロの人に安易に”コツ”という言葉を使うべきではない。何故なら、あることができるようになるために相当の時間を費やしている人がほとんどで、簡単にできるようになったわけではないからだ。”コツなどない。一日5時間ぶっ続けで弾きなさい”みたいなことも多いのだ(特にグルーヴとかに関しては)。コツコツやってからコツって言え!みたいな話。(後略)

『ジャズ・ギターの金字塔/布川俊樹著(リットーミュージック)』より

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ちなみに弟子をとらない方針の羽生善治氏にインタビューアーが「自身が培ってきたものを

伝えたいという気持ちはないのか?」と尋ねた時の答えは以下のものであった。

 

~将棋の世界は、こう教えたから育つというものではない気がします。基本的に自分の力で強くなっていくものです。また、私が培ってきたものを伝えることが、本当にその人にとってプラスになるのか。そのときは自分ではすごくいいものだと思うかもしれませんが、本質的に伝えられる人にとってプラスかどうかは、また別の話だと思うのです。~

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こうなると”ご説ごもっとも”を通り越して、もはや”教育幻想論”の様相を呈してくるが、

それでは食べていけない身の私としては、これから生徒さんたちの【身の上相談窓口】的な

立ち位置でガンバローかな、、、、。

 

 

ハッキリした結論は出ないままだが、以上で『”質問”とは?』の連載を終えたいと思う。

これからも考え続けてゆくことだし、ハッキリ結論を出すような必要も別にないし、、。

最後に”質問”というものに関する私の個人的な感覚(意見というほどもない)をかるーく

まとめると、

 

*自分がなにが分からないか、、、をまず知ることが質問の第一歩

*今、発せられているものは”質問”か、”コメント要求”か、”確認”か?この三つは区別すべき

*相手の無知をバカにするひとは”自分の無知”を知らないひと。知りたいこと、分からないこと

があれば質問しよう。そこに恥は存在しない。

 

(おわり)

 

 

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”質問”とは?(その3) への2件のコメント

  1. S.Hongou より:

    来週は、発表会でございますね。
    この半年、ひたすらに一曲をひき続け、レッスンのときに、まずは、通して聞いていただく。

    その後の、微妙な沈黙のちの、

    「何かお困りのことはありますか」

    正直、このご発言が、1番怖い。

    自分が何ができていないかわかっていないと、ご質問も確認もできない、ということが、最近、やっとわかりました。(遅い!)

    質問、難しいです。

    • ryuji より:

      Hongouさま

      そうですか。最近やっとわかっていただけましたか(笑)。うれしいです。
      生徒さんの演奏に対する批評はある時期からやめました。
      僕がお伝えできることはひとつだけ。それは合宿で申し上げた通り、僕の”魚の獲り方”です。
      でも世の中にはいろんな魚の獲り方があるし、正解なんてないですね。
      「魚くれー」とただ待つだけの状態から抜け出していただけるようにするのが、私にできる役割であり社会貢献であると思っています。

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