緊急舞台(その1)

 

家に居るとき、練習や編曲、レッスンの合い間にパソコンをつけ、”見るとは無しに”

YAHOO!ニュースの見出しを見たりすることで、世の中の出来事を大雑把に把握する。

様々な記事が次から次に流れてゆく、、、。 ”私にとって”どうでもいい記事の方が数

としては多いが、時々興味をひく記事に出くわしたりする。

 

今日見かけた記事の中で「なるほど、面白い視点だな」と思えるものがあった。

芸能の世界で”緊急な代役”(いわゆるピンチヒッター)をつとめることのメリットについて

書かれたものである。

なるほどな~、、、、。

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1943年11月14日、当時25歳のレナード・バーンスタインは午前九時、ニューヨーク・フィルハーモニックの副支配人から電話で起こされた。

「私だ。君は今日の午後三時に指揮をしなければならなくなった。でもリハーサルはできない。15分前に楽屋に来てくれ。」

ブルーノ・ワルターがインフルエンザで倒れたため、全米で放送されるニューヨーク・フィルのマチネ・コンサートの代役が突如彼に舞い降りたのだ。

彼は伝説の演奏会を思い出してこう語っている。

「僕は舞台袖でびくびく震えていた。(中略)すべての演奏が終わった時、聴衆全体が立ち上がり、声援を送り、叫んでいるのを見るまでのことは覚えていない。入場から退場までは何も覚えていないんだ。君に語れることは何もない。それはすべて夢だったんだ。」

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”緊急の舞台”に関する伝説は世に数多く存在するだろうが、私が真っ先に思い出すものは上記の

ものである。

当時世界最高の指揮者の一人であるB.ワルターの代役を、開演数時間前に依頼された25歳の

若者が「これによって成功した時のメリット」など打算的に考える余裕を果たして持ち得ること

が出来るだろうか。それはあまり現実的ではない。

『最大のチャンス』と『最大のピンチ』が同時に襲ってくるようなこの状況下で出来ることは、

何も考えず、ただ必死で、全力でやりきるだけなのである。バーンスタインだってそうだった

のだ。『周囲からの評価面』だけで捉えると、(YAHOO!記事に書いてあるように)リスクは

少ないかもしれないが、舞台に立つということはそれだけではない。

いろいろな問題があるのよ、、、。

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(これほど大きな話ではもちろんないが)自分の体験として思い出すのは、96年キューバで

開催されたハバナ国際ギターフェスティバルに参加した時のことである。ギタリスト福田進一氏

のおかげで、レオ・ブローウェルの公開レッスン受講の他、さまざまな著名ギタリストの

レッスンを受ける事が出来たのだが、ハバナ滞在中の私は、じつは気が気ではなかった。

行きがけの飛行機の中で福田氏から「フェスの5日目の晩、俺のリサイタルの時にアンコール

でコレ一緒に弾いてくれんか。」と分厚いギターデュオのコピー譜を渡されたのである。

5日間でこの全く知らない曲を仕上げなければならない、、、。

今の私なら喜んで取り組むのだが、25歳当時の私はとにかく必死でやるしか手の打ちようが

なかった。

フェスの期間中(約一週間)朝、昼は《講習会》や福田氏の《リハーサル見学》、夜は世界中

から招かれた凄腕ギタリストによる《コンサート》。それらを消化しながらも、ホテルの部屋に

戻ってからひたすらその曲の練習に励んだ。

 

 

そしてむかえた5日目夜の福田氏のリサイタル、、、。

ハバナ国立劇場800の席はほぼ満席。キューバのお客さんは非常に正直で、演奏がつまらない

と感じたら、コンサート中でも席を立って帰るのだ。今回出番はアンコールだからまだいいが、

自分のせいで福田先生のリサイタルにキズが付いたらどうしよう、、、。

 

 

だがそのとき、リサイタル前半を絶好調で終え舞台袖に戻ってきた福田氏が、緊張している私を

一瞥し、忘れられないひとことを放ったのだ。

「まっちゃん、別にお前が弾けんでも、そのときはオレが一人で弾きまくるから心配するな。」

とたんに私の緊張はスーッと消え、アンコールの2曲目「日本から来たマイフレンド・

リュウジ・マツシタ」という福田氏の紹介アナウンスのもと、私は吸い込まれるように拍手

渦巻くステージに出て行った、、、。

 

当夜の演奏内容はまるで覚えていないが、私にとっては《巨匠の魔法》をかけられた思い出深い

夜であった。

 

(つづく)

 

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緊急舞台(その1) への2件のコメント

  1. T.Yoshimoto より:

    人はゴールを設定された時、切羽詰まった時には思わぬ力を発揮することができるんですよね!  昔から火事場のなんとやらって言いますよね。 もっとも通常の努力をやっている前提ですよね。   しかし、日頃、通常時に何故できないのでしょうか(笑)  言い訳はやめよっと!  しかしトレモロは難儀です!!
    昔、米国本社で CEOへのプレゼンをやったんですが、時間が迫るにつれ腹具合は悪くなるし、やけにコーヒーばかり飲んで、緊張の極でしたが最後はどうにでも慣れ、という具合で1時間拙い英語をただ迫力だけは目一杯でやったところ最後に多くの拍手をもらいました。 最後は開き直りしかないですね(笑)

    • ryuji より:

      T.Yoshimoto さま

      きっと多くの生徒さんが、社会生活において私よりはるかに多くの「修羅場」をくぐっておられることでしょう。そんな皆様を尊敬します。

      試練を越える側はただただ必死ですが、終了後、満身創痍でホッとしたところに思わぬ副産物として「大きな称賛」を得ることもありますね。
      ただあくまで「副産物」であって、あのYAHOO!記事のように「”大きな称賛”を得るためにも代役というのはデメリットよりもメリットの方が大きいよ」というのは、どうも頭が良すぎるといいますか、、、、、、(苦笑)。

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