親愛なる先生(いきなり脱線編)

 

ごめんなさい。

わたしがフランスで師事していたアルベルト・ポンセ先生の思い出について連載している

途中なのだが、ここでどうしても整理しておきたいことがある。

二十年来の友人であるギタリスト、鈴木大介君と共演するたびに彼がステージ上で毎回ネタに

する<金髪のオネエサン事件>の真相について、、、。

 

 

 

わたしがフランスに旅立ったところで前回の話は終わったのだが、実はその後すぐにパリでの

生活が始まったわけではなく、福田進一先生のご厚意でフランスとスイスの国境付近にある山村

<モルジーヌ>という所でおこなわれた講習会に数週間参加させていただいたのである。

講師陣は福田先生の他エコール・ノルマル音楽院で教鞭をとってあるフルート界の巨匠、

工藤重典氏も来られるという豪華なもの。「フランス人の学生もたくさん参加するから留学生活

始める前の準備としてちょうどええんやないか?」とお声掛け戴き、私は喜んでとびついた。

生徒として日本から参加したのは高橋三七彦さん(愛知)、徳武正和さん(広島)、竹内竜次

さん(大分)、村治佳織さん(東京)、それに私の五名。

そして途中からではあるが、講習会後そのままザルツブルグに留学する予定の福田先生の愛弟子

鈴木大介君が合流してきた。

そして「その出来事」は、平和でのどかなこの山の中で起こる、、、。

 

 

 

鈴木君がネタにする時の彼の話しっぷりをここに紹介しておく。

 

「いやあ~、松下君とはじめてあった時はさあ~、モルジーヌって山の中の講習会でさあ~、

<ふうん、、きみが鈴木君か、、、、飲みにでも行こうか(注;かなり横柄でえらそうな

設定になってる)>って彼が誘うからさあ、てっきり飲めるヤツなのかなって思ったら、ワイン

2~3杯飲んでベロンベロンになって、トイレに入ったっきり出てこないじゃん。挙げ句の果て

にバーで働いている巨乳の<金髪のオネエチャン>に担がれてトイレから出てきてさあ~、、

何だよ、ひとりだけイイ思いしやがって、、、、、、、、」

 

 

 

コンサートで共演するたびに彼はステージ上でこの話を披露するのである。

だが私のことを知っていて、この話を読んだ方はまず疑問に思うだろう。

「酒に弱い(コーラばかり飲んでいる)あの松下が、初対面に等しい人間を果たして<飲み>に

など誘うだろうか?」

そう、あなたは正しい。この話(もちろん大筋は事実)には、彼得意の<デフォルメ・

マジック>がかけられているのだ。

真相はこうである。

 

 

 

昼間の時点で山の中に一軒だけあるバーを見つけた鈴木氏はゴキゲンであった。

「あそこにバーがあるよ。夜みんなで飲みに行こうよ。」

 

じつは彼とはその時が初対面ではなかった。W大に通っていた坂本門下の兄弟弟子であるK君が

福岡でリサイタルをやった折、「大学のサークルの先輩ですごく弾ける人がいるから、二重奏の

相方として是非東京から連れてきたい。」と言ってつれてきたのが鈴木君だったのだ。

ギターの世界ではめずらしく、ずいぶんやわらかい演奏をする人だな、と思った。

(そのときの印象は二十年たった今も変わらない。)

そのときは残念なことに、少しも話が出来なかった。

ただ同い年であんな演奏が出来る人が東京には居るんだ、ということが私の頭にしっかりと

刻まれていた。酒は苦手だが、一緒にのみに行けばお近づきになれるかもしれない。これはいい

チャンスだ、、。

そしてその日の夜、約束の時間に集まったのは何と私だけであった。

「あれえ?君だけ?ほかのひとは?」

「もうみんな寝るって言ってるよ」

「なあんだ、つまんねえ。じゃあ君と二人で行くか、、、」

 

 

<山の中に一軒だけのバー>で鈴木君と私はワインを飲み始めた。

彼の話は「ギター界の現状がいかにつまらないか」「ギターの世界がいかに素晴らしいか」

(このふたつが同居することは別に矛盾ではない)「男女のちがいについて」などをテーマに、

あるときは機知に富み、あるときは鋭い考察と見解で、私をぐいぐいと引っ張った。

こんなにおもしろく刺激的な興味深い話を、同じ年齢(当時23)の若者から聞けるとは

思ってもみなかった。

その間にも彼はワインの入ったグラスをぐいぐいと空けた。私はもっぱら聞き役だったが、

彼と同じペースでぐいぐい空けた。それが礼儀かな、と勝手に思ったのだが、それは大きな

大きな間違いであった、、、。

その後のことは覚えていない、、、。

もちろん<金髪のオネエチャン>に助けられたことも、、、。

ただ長時間過ごした「そのバーのトイレの壁の色や感触」だけは妙にはっきり覚えてい

る、、、。

 

 

 

そして数週間ののち、講習会のさまざまな思い出を胸にそのままわたしはパリへ、鈴木君は

ザルツブルグへ、それぞれ一年間の留学生活をおくるためにモルジーヌをあとにしたので

あった。

一年後帰国してから現在までの彼の快進撃ぶりは皆様ご存知の通りである。(完)

 

 

(これが真相ですが、、、えっ?鈴木君の話とどこが違うのかって?

、、、、、、、、そんなあ、、、、、、、、、ちがうやん、、、、)

 

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