意識の変遷(その2)

 

たまたまでもないと思うが、その”すごいひとたち”はクラシックギタリストではなかった。

フォルクローレの木下尊惇さんとジャズの田口悌治さんとは今から約20年前のほぼ同時期に

出会う事が出来た。

 
木下さんの演奏に触れた時、おなじクラシックギターという楽器を使っているにもかかわらず、

演奏から何故こんなにも土の香りがするのか不思議というか衝撃だった。木下さんは未熟な私を

ケーナの菱本幸二さん、ピカイアのメンバー、そして高橋悠治さんのような音楽家のみならず、

福島のご友人をはじめ本当にたくさんの方々と繋げてくださった。

そういえば高橋さんのピアノ演奏からも、木下さんとおなじごつごつした”土の香り”が感じ

られる、、、

 

 

そしてやはり同じ時期、ヴァイオリンの荒田和豊さんの御紹介でフルートの故齊藤賀雄先生の

アンサンブル講座を受け始めた。荒田さんからはオーケストラや室内楽のアプローチを学び、

齊藤先生からは”音楽を活き活きとさせるには?”というアプローチを目の前で実際に示して

いただいたことが非常に大きかった。

 

 

田口さんからは木下さん同様、現在も本当に多くのご示唆を頂き続けているが、過去その中の

ひとつに私の意識を決定的に変えるお話があった。

田口さんがお若い頃体験された”あるセッション”の話だ。

 

 

その日あつめられたメンバーのなかで明らかにベースのひとのリズムがおかしかった。演奏中

そのひとに向けて田口さんはずっと「これが正しいリズムだよ!」と示すようなプレイを

続けた。すると合い間の時間に別の先輩から田口さんの方が諭された、というのだ。

先輩曰く「あいつよりもお前の方がリズムが100倍いいのはよくわかる。だけどあいつも

”今日のメンバー”のひとりなんだ」

意識を変えた田口さんは、演奏する時にそのベーシストのリズムに少しだけ歩み寄ってみた。

するとそれまで「原因はわからんが、なんかノリにくいな」と感じていただけのベーシストが

「おっ?なんか知らんがさっきよりノリやすい」という感じで、その場のアンサンブルが

”いい空気感”になった、、、というのだ。

 

このとき田口さんは学ばれたそうだ。

「”正しい演奏”をやるのではなく、”その時そこに居るメンバーでのベスト”を目指すことが

大切だということですね」

 

 

(つづく)

 

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意識の変遷(その1)

 

留学から帰ってきた20代半ばの頃、、、
今思い返せば様々な思いを胸に抱えていた。

 

1:自分の生活基盤を確立したい
2:クラシックギターの世界で自分の居場所を確保したい
3:自分の演奏力をもっともっとあげたい
4:その為に音楽というものを深いところで理解したい
5:あわよくば有名になって一流音楽家のそばで活動したい
6:自分が師事してきた巨匠達のようなレッスンを、自分も目の前の生徒に対してできるようになりたい

 

恥を忍んで挙げるとざっとこんな感じだろうか。
当時はストイックに自分を追いつめる厳しさそのものを良しとしていたため、自らを常にプレッシャーに晒していた。
《鬼気迫る演奏》そんなものに憧れていた。
ぬるま湯がなにより許せなかった。

 

アンサンブルにしろレッスンにしろ、ぬるま湯や妥協がきらいだったため、自分よりキャリアのある音楽家と一緒の時は食らいつくようにして勉強したし、努力が見られないひとに対しては、たとえ自分より年長者であろうと軽蔑してきた。
本来、長距離走は苦手ではなかったはずの私だが、そのやり方を続けた数年のあいだにみるみる失速していったのは、今振り返ってみると決して偶然ではない。

 

1については帰国当時24歳だったこともある。
同級生たちが就職し、一家の大黒柱となって仕事する姿を横目で見る年代でもあった。

2については”ギター界”というものが存在すると漠然と思っていたから当然である。振り返ると割とはずかしい。

3については自分の技術が世界的水準に到底満たないと考えていた。
今でもそう思うが、だからといって水準を満たしたからどうだというのだろう。
逆に満たさないと楽しく活動できないかといったらそうでもない。

4については現在も当時も変わらない。

5については今回もっともはずかしい告白である。
しかも”あわよくば”というのが、如何に中途半端なことだったか、、、

6については後述する。

 

こうして当時の自分を振り返ると、いかに「他者との比較」のなかに自分を置いていたのかが、今さらながらよくわかる。
だが30歳になった時点で、自らつくりあげたプレッシャーとスランプのために、私は完全に息切れし、立ち止まることになった。
だがそのタイミングから数年間にわたって、こんどは権威とは無縁の《すごいひとたち》が次々と目の前に現れ、手を差し伸べてくださるのだから本当に不思議なものである。

 

(つづく)

 

2020.5.9.

 

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庄ちゃんへ

 

昨晩、沖田さんからの電話で知りました
最後にメールをかわしたのは五日前でしたね
なんのそぶりも見せなかった

 

初めてきみに会ったのはぼくが19歳の時
きみが勤めていた親不孝通りのバー
年齢ごまかして16歳でバーテン業界に入ったきみは
年下なのにぼくよりはるかにこころに芯をもっていた

 

腕のいいバーテンダーになるかと思っていた
その後次々と住む世界をかえたきみ
ビリヤード・プレイヤー
宝石商
地図の測量と作成
それから現在のウェブ制作会社を設立した

 

きみがこのすてきなホームページを
プレゼントしてくれなかったら
パソコンを買うのがすくなくともあと三年は遅れたろう
今日までぼくにとっての大切な場所になりました

 

コンサートにもよく足を運んでくれた
西鉄ホールの”Guitar vol.2”
甘棠館でのたくさんのイヴェント
そして”しあわせの架け橋”
あれはぼくにとって渾身の企画だった

 

当時の約一年間
肺を患っていたきみは
だれのことばも聞かず病院に行かなかった
ネットであやしい薬を買っては
まわりをあきれさせてた
あのコンサートの録音には
きみが咳き込むおとが、、、
これから大事にとっておきます

 

なぜ、きみがかたくなに
病院に行かなかったのかぼくは知ってる
ひとりっ子のきみが
最愛のおとうさんを亡くした10代の日
植え付けられた”医療への不信”
でしたね、、、

今回もかたくなだったんだ

 

20代のある日
”感謝”についてきみと話し込んだことがある
自分が日常感じている感謝の尺度が
その言葉に見合う重さを持っているのか
どうしても自信が持てなくて
答えの出ないなやみと感じつつも
きみにきいてもらった

 

今きみに感謝している
これがたぶん本当の感謝
おそいのかな
いやたぶん感謝ってこういうもんなんだろう

 

人生の経験や能力など関係なく
人は年齢順にならんでジョギングしている
父が亡くなったとき
こんなにもショックは無かった
どこかで順番だと割り切っていたのかも

 

自分より若い世代に先立たれるのは
きっと梯子を登っていて突然
のぼり終えた段をはずされたような不安

 

でもきみはぼくにとって三十年
となりをいっしょに並走してくれたひと
それがなんの前フリもなく
いきなりいなくなるんだ

 

最後の電話のきみの最後の一言
”「給付金なんてどうでもいい」なんて絶対に言いださずに
松下さん、かならず手続きして受け取ってくださいよ”
わかったよ、もらえるものならそうします
最後まで心配かけるね

 

ぼくはただコロナがあぶりだした格差社会について
どちらか一方の正義感だけを支持することなく
道を探れないものか
きみと話をしてみたかった
どんな言葉をきみだったら浮かび上がらせただろう

 

ほんとうに突然でびっくりしたけど
きみらしいといえば
きみらしい
ありがとう
ぼくはもうちょっと走りつづけます

 

おやすみなさい

 

2020.5.1.

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プレリュード第一番【ヴィラ-ロボス】その3

 

前回のおわりに予告した”遠くない将来”って、翌日のことかいっ!

なぜひと息に書かなかったか、ですって?

そりゃあアナタ、フレーズが長くなりすぎるからですよ、、、

 

 

ヴィラさんの「プレリュードNo.1自演」を聴くと、”最終版”である出版譜には書かれることの

なかった、途中段階としての様々なアイディアがそこには盛り込まれている。

この曲の作曲者自演というのは、二つの点でおもしろい。

ひとつはギター奏者ヴィラ-ロボスの思い描いてた演奏ニュアンスを、彼自身が”記譜”として

どう定着させようとしていたか(あるいはさせようとしなかったか)が垣間見える点である。

たとえば同時代のリョベートの譜面に記された細かい指示は、彼自身の演奏もしくはルバート

を、紙の上に必死でとどめようとしたかのような意図がみられる。つまり<自分の演奏>を

録音だけでなく紙にも記録しようとしたのが、「カタルーニャ民謡」などに見られるあの譜面の

姿だということ。

 

 

もうひとつのおもしろい点は、曲の構成をはじめ、細かい点も出版譜とかなり違うこと。

仮にこの状態が《製作途中のスケッチ》だったとしても、もし本人が未完成品と思っていたら

レコーディングなどするだろうか?録音年代が不明なのが残念だが、もし仮に最終出版の後の

録音だとしたら「出版後も曲を変更し続けた」ということであり、作曲家ヴィラ-ロボスの

ケースに限り、ギリア説は崩れることになる。

 

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*【葬られたアイディア】

出版譜2ページ目、一番下の段は自演では譜例のように弾いている。

べー_page-0001

次はあくまで私個人の仮説だが、ここの上声和音は、作曲当初はこのようなトリッキーな運指の

アイディアであった可能性が大。右指のバランスが難しいっちゃ難しいが、、、。

楽しいので私はこちらを好んで弾いている。

トリッキー_page-0001

 

*【へミオラの可能性】

とり方の周期をちょっと変えるだけで、あら不思議 ♪ ってヤツ

 

<その①>

ヘ三_page-0001

<その②>

へみ2_page-0001

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以上いかかでしたか?

コンクールでやれば間違いなく減点の対象になるし、ご自分の先生の前でやった日には

「そんな子に育てた覚えはない!」

と一喝されるのがオチなので、ご自宅でひとり楽しまれることをおすすめします。

今回のポイントを動画に撮ってみました。

 

それでは皆様ごきげんよう!

あ、そうそう、、、5月から《アドバイス動画によるレッスン》始めます!

遠方でもご興味ある方はお気軽にお問い合わせください♪

 

2020.4.25.

 

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プレリュード第一番【ヴィラ-ロボス】その2

 

 

前回の冒頭にああ書いたけど、よく考えたらうちの大家さんが”業務を停止”したら、私は出て

いかにゃならんということか?もしかして、、、

ああ、人生とは時に困難なものだ、、、

 

 

ヴィラ―ロボスの充実したギター作品として挙げられるのは、”5つのプレリュード”のほかに、

A.セゴビアに捧げた”12のエチュード”がある。

この12のエチュードに関して、ひところウルグアイの名手E.フェルナンデスが当時の出版譜とは

別の年代に書かれた作曲者の手稿譜をコンサートで演奏していた(それは現在では浄書され

出版もされてるらしい)。

 

 

当時それが何故、話題性と衝撃を持って迎えられたかというと、やはりその中身である。

最終出版譜では切り捨てられていた、ヴィラ-ロボスらしい遊び心あふれたアイディアに満ち

溢れており、「なぜこのアイディアを最終段階でボツにしたのか」と疑いたくなるような内容で

あることを、世界中の多くのギタリストが認めたのである。

 

 

これは”12のエチュード手稿譜版”の熱が世界中のギタリストの間で盛り上がっている当時、

福田進一先生から聞いたおはなしである(ご興味ある方はご本人に直接お聞きください)。

ギター関係のイヴェントで福田氏の師であるO.ギリア氏が、フェルナンデス氏と顔を合わせた

際に”手稿譜版”に対する異議を唱えた、、、というのだ。

「作曲者は最終的な判断で現出版譜を出したんだ!」というのがギリア氏の言い分で、

フェル氏がそれについてどう反論したか、という話は僕の記憶にない。

僕が記憶しているのは、その場であいだに居た福田氏が「どっちの考え方もアリや」と

おっしゃっていたことだ。

 

 

そう、、、どっちもありだ、と今でも思う。

大切なのは、二つの選択肢を前に「”今の”自分ならこうする」ということだと思う。

それは三日後に変わったって全然かまわない。

 

 

ギリア氏の言い分は「墓をあばくようなことをするな」ともとれるが、要するに

芸術音楽の世界において《作曲者の意思》というものが、ヒエラルキーのより上位に位置すると

いう近代的倫理感と価値観に基づいているようにも感じとれる。

その敬意は私も決して否定したくはない。

だがあらたに発見されたその手稿譜が、”最終版”のための単なるスケッチの意味合いを越えた

”作品としての完成度”を十二分に備えていることも確かであった。

そう、、、だからどっちもアリ。

 

 

だがここでひとつアタマをよぎることがある。

作曲者自身はどうだったのだろう?

これもやはりひとそれぞれだろうが、本当は同じ曲でいくつも版を出したい時も実際あるのでは

なかろうか?そういった面でバリオスは結果、得をしている。後世に同じ曲でいくつも版が

出回っているなんて、実は作曲家として理想のかたちではないか?”譜面”という体裁に執着しな

かったことが結果として吉と出ているような、そんな気さえする。

 

 

それはさておき『プレリュードNo.1』である。

この曲に関して、私が”別版”もしくは”スケッチ”として、参考にしているものがある(バリオス

楽曲のいわゆるベニーテス版に対する<バーリー版><カルボーニ版>のように)。

それは《ヴィラ-ロボス本人の自演録音》である。

 

 

(そう遠くない将来につづく)

 

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