証人は何処に、、、?

 

福田進一氏の自叙伝『6弦上のアリア/DVD付』(Gakken)は面白い内容だった。

 

 

前半は氏の修業時代から当時世界最高峰のパリ国際ギターコンクールに優勝されるまでの話。

後半は6人の著名人との対談、という構成だが、特に前半を興味深く読ませて頂いた。

これは当時を知る人にしか語り得ない、まさに《昭和ギター界》のドキュメンタリーだ。

本書の中で作曲家の野平一郎氏がご指摘のように「福田以前」「福田以後」で日本のギター界

が大きく変わったのは、誰にも否定できない事実である。

そういう意味でも、氏の足跡は《戦後日本ギター史の発展そのもの》と言えるだろう。

 

 

拝読していて”目が点”になった箇所がひとつあった。

A.ポンセ先生(E.プジョール門下)との出会いのくだりで紹介されてるエピソードのひとつ。

 

~『君の演奏テープを聴いたよ。悪くない、悪くない(セ・パ・マル)』

のちに知ったのだが、この先生風の発音で言うと「シェ・パ・マル」はポンセ先生の最大級の

賛辞だった。「トレ・ビヤン」とか言う時は、まあまあだという意味。

そう、ちょっとひねくれた先生だったなぁ。~(本書より)

 

留学後23年が経過した現在の私はこの記述により、当時ポンセ先生から褒められていたのだ、

という事実を今さらながら知ったのだった。というわけでここからは23年越しのささやかな

”自慢話”である(笑)。

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ある冬の早朝、その日の”レッスン一番手”をポンセ先生から仰せつかっていた私は、眠たい顔を

ぶら下げながらエコール・ノルマル音楽院に向かった。

ポンセ先生のレッスン部屋”サル・エミリオ・プジョール”は、いつもは他の学生の聴講で一杯

だが、朝8:00のせいかまだ誰の姿も見えない。寒い部屋の前で待っているとやがて先生が

現れた。珍しくマンツーマン状態でその日のレッスンは始まった。

 

いつもは年間課題曲(全5曲)のレッスンしかして下さらないが、「この日はルイジ(私の

こと)のやりたい曲を持ってきて良い」と前もって御達しがあったので、日本に居るときから

練習を積んでいた《主題、変奏と終曲/M.M.ポンセ作曲》を私は選んだ。

ポンセ先生若かりし日の”お得意レパートリー”だったこの曲を、是非診て頂きたかったのだ。

いつもは非常に柔らかい音色を好まれる先生だったので、先生のお好みに合うようにと柔らかめ

に弾いたが、私のそんな内心を見抜かれたのだろう。

「この箇所はもっと固い音を使いなさい」

これはポンセ先生としては非常に珍しい一言だったのでよく覚えている。

 

そしてレッスンの終わりに今も忘れられない印象的なトーンで先生はこうおっしゃった。

「この曲は非常にむずかしい曲だ。でも良く弾けているよ、ルイジ。悪くない(シェ・パ・

マル)」

その時はそれが”先生最大級の賛辞”だなんて知る由もなかった。

当たり前だ、チキショー!(笑)。自信を失っていた時期だっただけに、当時分かっていれば

随分勇気づけられただろうに、、、。

他の誰も見ていない(したがって証人もいない)ある冬の朝の出来事であった。

 

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その3年後(つまりは今から20年前の話)、一年の準備期間をかけて臨んだ”東京国際ギター

コンクール”で落選し、失意のずんどこ、いや、どん底に居た私は、福田先生に誘われるがまま

ハバナ国際ギターフェスティバルに参加すべく空の旅人となっていた。

 

フェス参加の主な目的はコンクール出場ではなく、世界各国から集まる凄腕ギタリスト達の

演奏に触れること、彼らからレッスンを受けること、であった。なかでもフェスの総監督であり

作曲家、指揮者としても当時活躍していた巨匠レオ・ブローウェルのマスタークラスを受講する

ことが、その時一番の目的だった。

 

あのブローウェルが目の前にいる、、、。

本来の私だったら緊張しまくっているはずだが、フランス留学直後で海外免疫が付いていたこと

と、時差ボケなどの要因もあり、物怖じすることもなく奇跡的なほど自然体で受講することが

できた。

曲はまたしても《主題、変奏と終曲/M.M.ポンセ作曲》。

ブローウェル氏のレッスンは、ある時は作曲家としての観点から、またある時は指揮者としての

観点から、この曲をオーケストラ作品として見立てた非常に興味深い内容だった。

 

レッスンの最後にブローウェルが私を指さしながら聴講のお客さん達にスペイン語で演説し

始めた。内容が全く分からない、、、。雰囲気としてはどうも褒め称えてくださっている

ようだ。ただブローウェルの指導法および教育方針として「取り敢えず受講生を褒めることが

大事」だと考えていらっしゃることは予備知識として知ってはいたので、私はいたって冷静と

いうか半信半疑で立っていた。スペイン語による”まくしたて”はかなり長い時間続いた。

 

盛大な拍手を受け、舞台を降りた私はあっという間にキューバの若い学生たちに取り囲まれ

”コングラッチュレーション!(おめでとう!)”

と文字通り”熱烈に”祝福された。よっぽど褒めてくださったに違いない。

 

ところがこの時日本から参加していた福田先生をはじめとする御一行様(計3名様)は、

ハバナから車で数時間かかる”バラデロ海岸”にて、なんと海水浴を楽しんでいたのだ!

したがってまたもや証人のいない、ある夏の出来事であった、、、。

 

しかし受講している最中、(舞台の上から)私は客席に居る”ある老人”の存在に気付いていた。

私の”ブローウェル・レッスン”に客席から熱い視線を注いで見てくださっていたのは、ほかでも

ないキューバ・ギター界の長老であり、L.ブローウェルの師であるイサーク・二コラ(E.

プジョール門下)そのひとであった。

 

フェスが終わり、帰国した私は、当時お世話になっていた某ギター専門店の社長に

「ブローウェルに褒められました」

と報告したところ、

「いや、そんなウソは言ったらいかん。ウソはよくない、、、うん」

とハナッから取り合ってくれなかった。

 

ちきしょー、、、。

 

2017.9.14.

 

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