初めての共同作業

 

「もしもし、高校で一緒だったSです」

 

わたしにとってはいきなりの電話だった。

電話の主、S君は高校時代に1年間同じクラスであったが、実際ほとんど言葉を交わした記憶が

ない。2年生以降、彼は理系クラス、私は文系クラスへとわかれた上、彼はテニス部、私は

バンド活動に明け暮れる日々だったこともあり、接点もほぼ無かったに等しい。

 

 

そんなS君がこのたび”縁の希薄な”私にわざわざ電話をくれたのは、現在映像CM制作の現場で

プロデューサーとして働いており、今年の同窓会用に現在の学校の様子をおさめた映像作品を

依頼されたが、映像のバックにただ校歌を流すだけでは面白くないので、ギター演奏による校歌

をいれてみたい、というSプロデューサーの希望なのであった。

 

 

結局電話を切るまでお互い敬語が抜けなかったが、とりあえず引き受けた。

ちなみに本来の私だったら、”断る要素”が満載の話である。

*【同窓会に興味がない】

*【音楽としての”校歌”がキライ】

*【ギャラがない】

*【8月、9月たくさんの行事が控えていて忙しい】

 

2点目に挙げた”校歌”がキライ、というのは我が母校の校歌という意味ではない。

音楽を”音楽以外の”別な意図や目的に使用するために作られたものがキライ、という意味

である(例:校歌、社歌、応援歌、軍歌、国歌、癒しの音楽など、、、)。

 

 

だが同時に”断れない要素”というものも今回あった。

*【今年は我々11期生が当番の年】

*【S君がわざわざ連絡をくれた】

 

”当番の年”はおそらく私が生きている間、二度とまわってこない。今月11日の同窓会そのもの

には欠席のはがきを出したが、いろいろ動いてくれている同期の方々に対し、ある種うしろめた

さを感じてはいたので、「わたしでお力になれることがあれば、、、」といったところだ。

そして今回ヤル気発動の一番のもととなったのは、”さほど親しくなかったS君”がわざわざ電話

をくれたことに加え、彼が意外にも現在、自分と近い分野で仕事をしていることに対する喜びと

興味があったからである。

 

 

電話から数日後、すでに撮りためた映像を見せるため、S君はノート・パソコンを抱えてうちの

教室にやってきた。

ドアを開け、昔の面影をお互い一瞬でさぐり合うような、そんな間があった。

「おひさしぶりです」「どうぞ、どうぞ」

やっぱり敬語はまだ抜けない。

約三十年ぶりに見たS君は、すっかり業界の人っぽい印象に変わっていた(大萩康司さんを

さらにワイルドにしたような感じ)が、同時にそこには、数々の困難をくぐり抜けてきた人のみ

が醸し出す”頼もしさ”が加わっているのが見て取れた。

 

 

卒業後から近況までをお互いザッと話した後、早速彼が撮った映像を観せてもらった。授業や

部活動に勤しむ現役高校生たちの表情がじつに活き活きとおさめられている。

ドローンを飛ばして上空から校舎を撮るなど、素人の私にはまったく未知の世界だったが、

今は割とよくやる手法らしい。すごいもんだナ、、、。

 

 

彼が帰った直後、私はすぐに校歌をギターソロにアレンジしたものを録音し、彼に送った。

「編集してみます」とのお返事だけ頂いて、私はその時目前に控えていた東京、神奈川での

コンサートに向け気持ちを切り替えるため、とりあえず一旦忘れた、、、。

 

 

あれはあれでよかったのかな?

などと時々気になりながら過ごしていたが、8月4日になってS君から電話があった。

S「映像の長さ的に、音素材がもうちょっと欲しいです。元気のいい部分があると助かり

ます。」

松下(以下M)「それだったら前に送った音源は演奏も不本意だし、音質も良くないので

スタジオで録り直しましょう。素材は用意します。」

 

 

素材を三つ用意し、サンプルとしてザッと録音したものをあらためてS君に送った。

それらの素材を彼なりに編集して映像に当てるうち、今度は別なアイディアが膨らんだようだ。

S「後半、もう少しおとなしめでいいかも」「校歌の最後のワンフレーズ、リフレインしては

いかがでしょうか?」

おおっ、きたな!プロデューサーのってきたぞ、、、本領発揮だな。

M「仮動画確認いたしました。的を得た数々のご提案、ありがとうございます!」「6日の

スタジオ、よろしくお願いします」

 

 

あかん、簡単だと思っていた4小節分のリフレイン、アレンジが結構むずかしい、、、。

 

 

そして8月6日、19:00前にレッスンを終え、ご指定のスタジオに向かう。

薄暗いスタジオで熟練っぽいエンジニアのおじさんに紹介される。

そして録音ブースに入りマイクの音量チェック。

スタジオの分厚いドアを閉め、ヘッドホンを通じ、Sプロデューサーおよびエンジニアと会話

する。ああ、久しぶりだ、、、スタジオのこの感覚、キライではない。

 

 

すべて編集無しのワンテイクで終了。よくやった、さすがオレ!

だがヘッドホンを通じ、Sプロデューサーの声。

S「リフレインの部分、やっぱりなくそう。映像とサイズが合わんかった」

M「、、、、りょーかいでーす(アレンジ苦労したのに!)」

ああ、久しぶりだ、、、プロデューサーにアシゲにされるこの感覚、、、キライではない。

 

 

一時間スタジオで過ごした後、近くの”もつ煮込み屋”に行き、ふたりで打ち上がった。

M「そういえば、自然教室に行った帰りのバスにカラオケが付いてて、君がアン・ルイスの

『六本木心中』歌ったのをよく覚えてる。」

S「あ!歌った気がする。よく覚えてんねー!」

M「いや、そんぐらいだな。覚えてんの、、、(笑)」

 

いつしか敬語はなくなっていた。

 

 

2018.8.10.(二〇一八年度福岡県立新宮高等学校同窓会の前日に)

 

 

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ポ~ケット~のな~か~には♪

 

だいぶ暑さに慣れてきたぜ!

という強がりから、とりあえず今日のブログを始めてみたい。

 

 

私が夏において冬よりも困るのは、”小物の所持”についてである。

カギ、財布、ティッシュ、ハンカチ、名刺入れ、パスポート、ペン、修正ペン、蛍光ペン等。

コンサートの時にはこれに音叉とカポダスト、紙やすりが加わることになる。

冬場はこれらのものをコートのポケットに入れて持ち運びできるのだが、夏はみんな一体

どうしているのだろうか?

これらを全部ズボンのポケットに押し込んだ日には、見た目がまるで土偶のようになってしまう

ではないか。

 

 

私が夏場でもジャケットを着ているのはじつはその為である。その結果、時として

「見てるだけで暑苦しい!」と非難されることになる。

「これら全部が本当に必要か?」

というご意見をお持ちの方も当然いらっしゃるだろう。その方々のために二品分だけ解説。

 

 

*【ペン、修正ペン、蛍光ペン】

楽譜の運指や注意書き(「6弦=D」とか「3カポ!」など)を譜面に書き込むのは鉛筆ではなく

水性ペンにしている。「鉛筆の方が消しゴムで消す事が出来る」と思う方も実際多いのだが、

消した後がなんとなく残るのがイヤである(筆跡のカタまで残りやすいシャープペンは論外)。

水性ペンで書き損じをした時に必要になるのが、修正ペン。難点は五線譜上で五線をかわし

ながら運指だけを抹消するのが、非常に高度な技術を要すること。

「摩擦で消せるペン」というのがあるが、ペンのくせに消せるなど”精神的いさぎよさ”に欠ける

点が気にくわない。しかもコピーした時のうつりがサチ薄いのも個人的に不満である。

蛍光ペンは”ダルセーニョ”や”コーダ”を色分けすると、曲の行き先が目で格段に追いやすく

なる。老眼&頭の回転が鈍くなりつつある50代手前の私には、とっても必需品♪。

 

 

*【パスポート】

お役所や銀行、もしくはなにかの会員登録時など、窓口のおねえちゃんから

「写真入りの”身分を証明できるもの”が必要となります」

と言われた場合、それは「”運転免許証”を出せ」と言ってるのとほぼ同義であり、免許証を

持っていない私はそのたびに人種差別を受けたかのように途方に暮れるのである。

そこでその対策(というか備え)として、持ち歩いているのが”パスポート”。

(葵の御紋を出されたかのような)コトの大きさに相手が一瞬ひるむのが多少の快感を伴う。

 

 

というわけで、私の大事な持ち運び袋として機能しているジャケット。

歩行中でも(歩きスマホのように)人に迷惑をかけず、その時必要なブツを手で探り当てられる

利点もあって、やはりこの夏も手放せない。

基本暑がらずの寒がり体質に私を産んでくださった両親に感謝。

 

 

それにしても暑いよ、この夏は!!

 

2018.7.31.

 

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軌跡

 

なんて暑い夏だろう、、、。

生来寒がりの私は、この暑さ真っ只中においても「寒さよりは暑さの方がまし」と自信を持って

思えるのだが、、、、、、、、、、、、、、、、、だが、それにしても暑い!

 

 

一連のフォルクローレ九州ツアーがみなさまのお力に支えられ無事終了した。

チケットをたくさん売ってくださった方、当日ご来場くださった皆様、各地の主催者の方々、

そして木下ご夫妻、菱本幸二さんに対し、この場をお借りしてあらためてお礼申し上げたい。

 

 

ツアーが終わって充実感、疲労感のなかでしばし考える時間が必要だった。

私は一体何を求めて他ジャンルの方々との共演に足を踏み入れているのだろうか?

 

 

「”フォルクローレ音楽”を演奏したい」という欲求よりも、「”木下尊惇というひと”と一緒に

音を奏でたい」という気持ちの方がこれまで強かったことに今回あらためて気がついた。

仮に木下氏が邦楽器奏者だったら、私は氏と共演する為に邦楽の世界にためらいなく飛び込んで

いたことだろう。

 

 

「なぜ木下氏?」と問われても答えにくいが、理由の一つとして敢えて挙げられるのは、

氏の音楽活動が、日々の生活に根差した哲学をベースにした、いわゆる《実践者としての

視点》を伴ったものであるからだろう。実践者を突き動かすものは教典ともなる”哲学”かも

しれないが、私は実践者が試行錯誤しながら描く”軌跡”の方により強く惹かれる。

わたしは果たしてナマケモノだろうか?

 

 

教典にこだわらない私は、ジャズ・ギタリストの田口悌治氏、シャンソン歌手の愛川智子氏、

そして時には”クラシックギター”という楽器の化身ではないかとも思える池田慎司氏のことを

木下氏と同様に尊敬し、その軌跡を追うとは無しに追っている。

 

 

わたしは果たしてナマケモノだろうか?

 

 

2018.7.20.

 

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”コンサート”とは違うなにか、、、

 

怒涛の本番ラッシュ月間である7月が始まった。

こういう時はたえず”攻め”にまわらないと乗り切れないことは経験上知っている。

”アニメソングの帝王”と謳われた水木一郎がかつて河口湖ステラシアターにて『1000曲

ライブ』を敢行する前、24時間ライブを乗り切った吉田拓郎にアドヴァイスを受けに行った

ところ、「ぜったい水木、最初からワーっていった方がいいって」「セーブするのはだめだよ」

と言われて最初からボーンといったらしい。私の心に強く残っている”世の中の先輩ミュー

ジシャンのエピソード”のひとつである。

 

 

怒涛のラッシュを攻め気でいく決意をしている私だが、取り敢えず今日ひとつ終えた。

福岡市内のちいさなギャラリーで開催中の、知り合いの作家さんの個展会場でのソロ演奏で

あったが、せっかくの機会だからいつも出来ないことをやろう、、、と挑戦してみた。

四角い部屋の壁四面に、現在全国的に注目を集め始めている作家サトウアキコさんのキリガミ

作品が展示してあるのだが、部屋のど真ん中に演奏の場をセッティングし、私の周り

360度をお客様がイスで囲む、という形。これが第一の挑戦。

 

 

そしてあらかじめ配布したプログラムに以下の文面を挿入。

~本日の演奏は通常のコンサート形式とはちがい、演奏中どうぞご自由にお過ごしください。絵や作品をご覧になりながら、ご自由に歩き回られたり、あるいは腰掛けられたり、、、。演奏中ものおとをたてて頂いても一向に構いません。曲間の拍手もどちらでも結構です。曲は下記の順に演奏いたします。【エピローグ】の前のみ、奏者からみなさまに御挨拶差し上げたいと思います。~

そのようにお断りし、いつものコンサートにはない”お客さんの自由”を与えたのが第二の挑戦。

 

 

それぞれの挑戦が本日どのような結果になるのか、まったく読めなかったが、順にレポート

すると、まず第一の挑戦に関しては、、、

目の前のお客さんの数は減るのだが、後ろからお客さんの存在なり視線なりを感じることに

慣れてないので、いつもとは違う緊張感があった(笑)。

お客さんの視点からすれば、視線の先に演奏する私が居て、その先に向かい合って座っている

別のお客さんが見え、さらにその先の壁に展示してある作家さんの作品が見える。といった

非常に多層的な空間を感じながら聴いたはずである。

あと通常のコンサートでは、奏者の側面や後姿を見ながら聴くことのない”ギターという楽器”

で、そのような体験をしていただけたのは珍しいことだったかも、、、。

 

 

第二の挑戦。これは”コンサートのお客さん”が日頃与えられない自由を手にした時、どういう

行動をとるのか、あるいはとらないか、とれないか、、、をみてみたかった。

”通常のコンサート”という形式では、お客さんはある決まった慣習的振る舞いをすることで

守られている部分がある。いわば”作られた聴衆というスタイル”を守ったり演じたりすることで

あたかもその場に居る資格を得ているかのようである。

もちろんコンサート慣れしているお客さん達に、いきなり”普段はない自由”を与えたところで、

即座に反応できる人はなかなかいない。

ただ大切なのは、お客さんがその自由を手にしていることによって「今動こうか動くまいか」

「拍手しようかしまいか」などの葛藤が生じることで、これはその場に対し、通常よりも

能動的に参加している、と言えるのではないか。たとえ今回のように結局だれひとり動かな

かったとしても、、、である。

こういったことは二回三回と回を重ねて初めてなにかが現れてくる類のことだと思うし、機会が

あったら是非また挑戦してみたい。

 

 

第三の挑戦は、いつもお喋りの私がMCを一切とらなかったこと。

それによって何が起こるのか見てみたかった。

今回はプログラムが進むにつれ、その沈黙がどんどん重たくなっていき、次第にお客さんが

協力し合って、そのサイレンスを大切に尊重してくださってるような空気感が出来ていった。

そうか、山下和仁氏がMCをとらず、コンサート中、毎回蓄積していってるのはこれか!

未熟な僕には重いなあ、、、(笑)。

 

 

第四の挑戦は、初めて弾き語りをしたこと。

一曲だけですよ、、、。被害者の会が結成されなければいいけど、、、(苦笑)。

 

プログラムは以下の通り。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

*【プロローグ】ゆりかご(F.モンポウ)

*ガヴォットーショーロ(H.ヴィラーロボス)

*3つのカタルーニャ民謡

~『商人の娘』『アメリア姫の遺言』『盗賊の歌』(M.リョベート編)

*ヴェネズエラの童謡の主題による変奏曲(A.ラウロ)

*悲しきミロンガ(A.ユパンキ)

*エストレリータ(M.M.ポンセ/A.ユパンキ編)

*ワルツNo.4(A.バリオス)

*青いユニコーン(S.ロドリゲス)

【エピローグ】ラスト・ワルツ(L.リード&B.メイソン/武満徹編)

 

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ポンセ・イヤーに思うこと(疑似バロックの現代的あり方について)~その2

 

暴論の前に、、、。

私が前回から文中で使っている”疑似バロック作品”という言葉について一言。

「バロック時代の作品である」という前提のもと作られたこれらの曲と、近代の作曲家が

「過去のヨーロッパ舞踏曲に憧れ、あるいは形式やリズムを借りつつも自由に創作した」曲とは

私は区別して考えている。(前者の例としてM.ポンセ『イ短調組曲』『バレット』、F.

クライスラーが作曲した”プニャーニのスタイルによる諸作品”など。

後者の例としてA.タンスマン『サラバンド』、A.ホセ『メヌエット』、M.ラヴェル『ハイドン

の名によるメヌエット』など。)

 

 

作曲家が「素敵な作品を作ろう」とエネルギーを注いでる点ではどちらも同じだが、両者の間の

根本的な性質の違いというものが、弾けば弾くほど私の中で大きく膨らんでいくのをどうする

ことも出来ない。どちらが良い悪いとかいう話でなく、ただ”違う”という話である。

 

 

”疑似バロック作品”の扱いが一筋縄でいかないのは、1900年代初頭から現在までの間に、

古楽研究が飛躍的に進み、バロック音楽およびその演奏法に対する知識、意識に、当時とは

あまりにも大きな差が出来てしまっていることが挙げられる。つまり現代の眼で1900年代

初頭の疑似バロック作品を見ると、例えば「この部分はどうみてもバロックじゃなくロマン派

だろう」「ヴァイスのスタイルと言ってるが、ヴァイスでこの部分はあり得ない。むしろスカル

ラッティじゃない?」みたいな話になるのである。

現代の眼で見た時、その辺のことは”ご愛敬”で済ませるのも必要な部分だと思うが、大切なのは

現代の私たちがそれらの作品にどのようにアプローチするか、であると思う。

 

 

ここで作曲者ポンセの感覚を想像してみたい。

自分が創作した”疑似バロック作品”を演奏するのは、ほかならぬA.セゴヴィアである。

ギタリストに関する他の選択肢は、おそらく作曲者にとって当時無かったはずだ。

セゴヴィアはルネッサンスからバロック、古典、ロマン派、近代すべての時代のヨーロッパ

音楽を片っ端から《ロマン派スタイルのみ》で弾ききったヒトである。

自分の作品が、セゴヴィアの演奏で命を吹き込まれた時どのようになるか、ポンセはよ~く

分かっていたはずである。

 

 

そこで本日の暴論である。

バロック作品のつもりで作ってはみたが、作曲者、演奏家共にロマン派的要素が刻印された

これら出来損ないの名曲たちを”疑似バロック作品”という別ジャンルとして認めてあげよう!

という”上から目線満載”の提案である。

つまり「セゴヴィアのようにゴテゴテのロマン派スタイルで演奏することで、これらの曲は

真価を発揮する」とひらきなおるのだ。

すっきりするよ(笑)。別ジャンル、別ジャンル、、、。

 

 

バロック弾きたいヤツは、バッハとかヴァイスとかムルシアとか弾けばいいじゃない。

ポンセにそれを求めること自体、入り口が間違ってたってことなの!

(コカ・コーラに健康を求めてカロリーオフに走るように、入り口そのものが間違ってんの!)

たとえば戦時中、戦後すぐの頃の、日本におけるタンゴの”愛され方”ってあったよね。それって

現代から見ると勘違いも多かったかもしれないけど、アルゼンチン本家とは違う別ジャンルの

音楽として見たとき、立派な文化だと思うのよね。

 

 

”文化”というものが日々の積み重ねの中で堆積していくものだとしたら、本来の目的と違う

ところで成立したとしても、それが繰り返し愛され、積み重ねられたら、それは”文化”と呼べる

ものなのよ。もちろん文化にも《いいもの》《よくないもの》はあるとおもうけど。

”文明”というのは持ち運びが可能なもので、”文化”というのは本来それが生まれた土地から切り

離せないものだ(と、武満さんが言っていた、、、)。大切なのはよその土地の本家をそのまま

持ってくることではなく、その影響を自分の土地にどうフィードバックさせるかではなかろう

か。

 

 

話がだいぶ逸れてしまった。

そうそう、、、”疑似バロック作品”へのアプローチね。

私が出来ないこととして他者に期待するものとしては、、、

 

*ポンセの未完の作品(ニ長調組曲「ジーグ」)を現代の眼と知識で補筆し、蘇らせる

”鈴木大介氏がやってるようなアプローチ”

 

*古楽器奏者でS.L.ヴァイス、A.スカルラッティなどを専門的に研究した人が、ポンセの

”疑似バロック作品”をアレンジし、”よりヴァイス的に、よりスカルラッティ的に古楽器で演奏

するようなアプローチ”

 

特に後者はポンセの書いた音に和声的、音型的変更を施すことすら辞さない演奏の登場を

期待する(古楽界からギター界へのフィードバックとして期待)。

これだけの可能性があるジャンルだとすると、”疑似バロック作品”も捨てたもんじゃないね。

 

(おわり)

 

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