”質問”とは?(その1)

 

ものごとへの興味や素朴な疑問、知的欲求を満たそうとする好奇心、、、

そういったことから純粋に立ちのぼってくる質問は、ある種の”温度”があり、質問される側も

答え易い。

ところが世の中見渡してみると、”質問”というものは常にそういうものだとは限らないようで

ある。 スポーツや将棋などの勝者に対する、あるいは自然災害の被災地におけるインタビュー

等でのメディア側の”質問”の内容が「あまりにおバカすぎる」と、ここ最近批判にさらされて

いる状況を見ていると、確かにそれらの多くは《お仕事の体裁を整えるための質問》であって

「一個人として本当にその質問に対する返答が欲しいのか?」

と思えるものが多々ある気がする。

 

 

いかにも公(おおやけ)を代表したような質問をしなければ、、、と考えるメディア側の立場も

確かにあろう。しかしインタビューアー(質問者)が”個人の気持ち”を離れ、公であろうと

すればするほど、”質問”は空々しくツマラナイものとなり、聞かれた側にとってもお決まりの

「応援してくださってるファンの皆様の為にもがんばります。」

とか

「とにかく一日も早く無事で帰ってきて欲しい。」

としか答えようがなかったりする。やはりそれらは質問というよりは、メディア側がお仕事を

無事終わらせるために相手に無理やりコメントを強要した結果でしかない。

 

 

「あなたのように素晴らしい音を出すにはどのように日々心がければよいのでしょう?」

「よい音楽とはなんでしょう?」

世界的に活躍するギタリストのマスタークラス(公開レッスン)の最後の質問コーナーで

時折投げかけられる言葉である。

これはおそらく質問者が「公の為に、、、」と気を利かせた挙げ句、空回りしている一つの例

とも言える。そこで哲学的な一言でも引き出せれば、公のために貢献出来た質問者は満足するで

あろうが、いきなり「人生とは?」みたいに的のデカすぎる問いを突きつけられたら

「この短い時間で答えられるわけねえだろー!」となるのが普通である。

ちなみに、ある現場で、ある世界的ギタリストはこう答えた。

「いや、、、、だから、、、その”よい音楽”とか”素晴らしい音”をどのように実現するかを

今日は半日かけてみんなで勉強してきたんじゃないの、、、、」

 

 

自然発生的なものでない限り、”質問する”ということは難しい。

【公のための質問】を試みるよりは、見栄を張らず自分の中から湧き出た素朴で純粋な

【私のための質問】をした方が、おそらく”目からウロコ”な答えが返ってくる可能性が高い。

そしてそういったやりとりの方が、公にとっても結果はるかに有益な時間となる。

 

(つづく)

 

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夏の終わりと秋の始まり

 

去る9月1日(土)、北九州市のリバーウォーク内《北九州芸術劇場小ホール》に於いて北九州市

在住のギタリスト池田慎司さん企画によるコンサート『わたしたちのスペイン』が開催され、

大盛況のうちに幕を閉じた(主催:K・I 企画)。

日頃のご恩返しに、とばかり私も”押しかけ舞台進行責任者”をかって出たのだが、とても良い

経験をさせていただいた。

 

 

今年に入ってから着実に準備を進めている彼を間近で見ていたので、今回のイヴェントが彼に

とって如何に重要なものか、私も感じとってはいた。

若かりし日の彼がスペイン留学時に絆を深めた4人の先輩たちをこのたび東京、大阪から招き、

現在5人のそれぞれの活動の基盤となっている”スペイン音楽への愛”をベーシックなものとして

プログラムが組まれた。

 

 

この5人(敬称略:池田慎司、坪川真理子、富川勝智、東隆幸、岩崎慎一)によるコンサート

は、東京でこれまでに幾度か開催されているが、今回は池田さんの企画ということでプログラ

ミング(選曲)から演奏の方向性まで全面的に彼がイニシアチブをとり、現在日本のクラシック

ギター界の第一線で活躍中の先輩方4名が、豊かな経験と柔軟性を持って彼を支えた。

 

 

なにせ本番二日前に出演者全員北九州に入り、丸二日間かけてどっぷりリハーサルする、という

充実ぶりにまず驚かされた。初日のリハは私も隅で見学させていただいたが、ギター五重奏の

表現力と可能性、メンバーによるアレンジの質の高さに触れ、さらにビックリ!

レパートリーがほぼ無いに等しい”ギター五重奏”という荒地に突如巨大な建築物が出現したかの

ような錯覚に陥った。

今回はスペインの大衆オペラとも言える”サルスエラ”の音楽も多数演奏されたが、これらの

音楽がギター五重奏という形態にとてもマッチするのである。今後出版の機会などあれば、

日本のギター界における「五重奏」および「サルスエラ音楽」の普及に、確実に一役買うと思う

のだが、、、。

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リハーサル二日目は聴けなかった。

何故なら私も本番があったのだ。

もうかなり長いこと続けている七弦ジャズギタリスト柳武史雄さんとのデュオライヴ

「SOLOx2&DUO」シリーズである。

タイトル通り、お互いのソロ演奏およびデュオ演奏で構成されるこのライヴ、毎回選曲が

ハードになっていってる気がするのは気のせいか?

長年やってるので、もうそろそろお互いの得意、不得意を見極め、安全な(?)選曲を

やっても良いのではと思うのだが、お互い全くその気配がない(笑)。

 

 

面白いのは、ライヴ中にお互い”プレッシャーのかかる場所”が、ほぼキレイに真逆だという事。

私はソロ演奏は日常的であるが、ジャズギタリストにとっては結構な挑戦であるらしい。

一方私はデュオで《テーマを弾いてる時》《コード伴奏をしている時》はお気楽だが、アドリブ

ソロタイムになると未だにヘンな汗をかく。柳武氏は”タマ読み(音符をその通り弾くこと)”

よりも、アドリブタイムになるとやはり俄然活き活きとしてくる、、、といった感じ。

 

 

そんなおじさんふたりがお互いかなりやんちゃにわんぱくに今回攻めたので、結果とても

楽しかった。

ちなみに私は、フリア・フロリダ(A.バリオス)、祈り(L.ボンファ)、野獣死すべしのテーマ

(たかしまあきひこ)の3曲をソロで弾き、柳武さんとのデュオではJingles(W.モンゴメ

リー)、Bumpin’(W.モンゴメリー)、porro(G.モンターニャ)、How My Heart Sings

(E.ジンダース)、Carmela Dame La Llave(Angel Luis Torruellas)、Cantaloupe

Island(H.ハンコック)というまさにラテンとジャズの”ごった煮状態”。

ああ、たのしかった!

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翌9月1日(土)は、昼過ぎに北九州芸術劇場に入り(シャキーン!)、初めての舞台進行責任者

一日体験。

個人的にはいろいろ至らないところもあったが、いつもと違う視点でコンサートに臨む事が出来

大変貴重な経験をさせていただいた。

 

 

丸二日間のリハーサルを経て、五人の演奏もさらに素晴らしく進化(深化)していた。

最年長の岩崎氏が常に全体をクールに見渡しサポートする中、東氏が亡き師匠M.バビ

ローニ氏ゆずりの深い音色でアンサンブル全体を彩る。富川氏は演奏の推進力を担当する言わば

起爆剤のような存在だ。

その3人の上に池田氏と紅一点の坪川氏が縦横無尽に駆け巡る、、、。

ホール満席のお客さんは上質のスペイン音楽を堪能し、さぞ満足されたことだろう。

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ふと気づくと暑い夏がいつしか過ぎ去り、いつの間にかそれとなく秋の気配が忍び寄っている。

今年の夏は、自分が演奏したもの、してないもの含めて、本当にさまざまなコンサートを

体験し、いろいろなことを目まぐるしく考えさせられた。

いい感触で終われたものもあるし、残念ながらそういかなかったものもある。

 

 

だが結果如何にかかわらず、この夏二ヶ月間を通して私自身が強く意識させられたのは、

”なにかのスペシャリスト”となることをもはや目指していない自分の姿、心、立ち位置で

あった。

20代、30代の頃はさまざまなスペシャリストに憧れ、自身も”なにかのスペシャリスト”と

成れる日を漠然と目指していたのだが、40代をまもなく終えようとしている現在、そういった

気持ちが自然となくなっている、あるいは別な楽しみ方をしている自分に気が付いた。

 

 

自分を定義することなく、周りの状況にあわせてふわふわと変化したり、しなかったり

 

 

それも悪くないな、、、という素直な今の心境である。

 

2018.9.3.

 

 

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大阪の夏

 

今しがた福岡に帰ってきた。

北九州のギタリスト、池田慎司さんとの大阪二公演だったのだが、いろいろと面白かった。

一件目はクラシックギター専門店”ファナ大阪”さんでのコンサート。これは我々共通の友人で

あり、尊敬する先輩ギタリストでもある岩崎慎一さんに主催していただいた(大感謝

!!!)。

前半は【近代スペインの音楽】、後半は【映像の音楽】というふうに分け、お話を交えながら

あたたかいお客様に囲まれて2時間弱のコンサートであった。

おいそがしい中多数のお客様にお越し頂き、この場をお借りして感謝したい。

 

 

この日ビックリしたのは、25年会ってないバンド時代の知り合いがご家族で(しかも私の

目の前、最前列!)で聴きに来てくれたこと。彼は私が昔バンドマン時代に練習で使っていた

スタジオでアルバイトをしていたヘヴィメタ・ギタリストだったが、髪を切って”落ち着いた

お父さん”になっていた為、「お久しぶりです」と声をかけられても、お名前を確認しても

はじめは全く分からなかった。現在大阪でスタジオ経営をされてるとのことで、次回大阪に

行く機会に是非立ち寄らせて頂きたいと思っている。

 

 

そして今日(18日)は、ブラジル音楽専門店”ショヴィ・シュヴァ”の17周年記念イ

ヴェントの一環として光栄にもお招き頂いた。ショヴィ・シュヴァは日本でもブラジル音楽の

メッカとして、数多くの実力あるミュージシャンがステージに立っている場であるため、恐縮

しながらもその店の看板ミュージシャンのひとり”7弦ギタリスト山田やーそ”さんのお力を

お借りして楽しく終える事が出来た。残念だったのは私の都合でその日のうちにどうしても

福岡に戻らねばならず、打ち上げも出来ずに早々に大阪から引き上げざるを得なかったこと。

やーそさん、かなみさん、徹さん、そしてこの日お集まりくださった本当にあたたかいお客様の

皆様!心から”ありがとー!!!”

 

 

そして今回も共に楽しくステージをくぐり抜けた長年の戦友、池田慎司さん。

あなたのおかげで私の音楽ライフは充実していますよ。

心から”ありがとー!!!”

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2018.8.19.

 

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初めての共同作業

 

「もしもし、高校で一緒だったSです」

 

わたしにとってはいきなりの電話だった。

電話の主、S君は高校時代に1年間同じクラスであったが、実際ほとんど言葉を交わした記憶が

ない。2年生以降、彼は理系クラス、私は文系クラスへとわかれた上、彼はテニス部、私は

バンド活動に明け暮れる日々だったこともあり、接点もほぼ無かったに等しい。

 

 

そんなS君がこのたび”縁の希薄な”私にわざわざ電話をくれたのは、現在映像CM制作の現場で

プロデューサーとして働いており、今年の同窓会用に現在の学校の様子をおさめた映像作品を

依頼されたが、映像のバックにただ校歌を流すだけでは面白くないので、ギター演奏による校歌

をいれてみたい、というSプロデューサーの希望なのであった。

 

 

結局電話を切るまでお互い敬語が抜けなかったが、とりあえず引き受けた。

ちなみに本来の私だったら、”断る要素”が満載の話である。

*【同窓会に興味がない】

*【音楽としての”校歌”がキライ】

*【ギャラがない】

*【8月、9月たくさんの行事が控えていて忙しい】

 

2点目に挙げた”校歌”がキライ、というのは我が母校の校歌という意味ではない。

音楽を”音楽以外の”別な意図や目的に使用するために作られたものがキライ、という意味

である(例:校歌、社歌、応援歌、軍歌、国歌、癒しの音楽など、、、)。

 

 

だが同時に”断れない要素”というものも今回あった。

*【今年は我々11期生が当番の年】

*【S君がわざわざ連絡をくれた】

 

”当番の年”はおそらく私が生きている間、二度とまわってこない。今月11日の同窓会そのもの

には欠席のはがきを出したが、いろいろ動いてくれている同期の方々に対し、ある種うしろめた

さを感じてはいたので、「わたしでお力になれることがあれば、、、」といったところだ。

そして今回ヤル気発動の一番のもととなったのは、”さほど親しくなかったS君”がわざわざ電話

をくれたことに加え、彼が意外にも現在、自分と近い分野で仕事をしていることに対する喜びと

興味があったからである。

 

 

電話から数日後、すでに撮りためた映像を見せるため、S君はノート・パソコンを抱えてうちの

教室にやってきた。

ドアを開け、昔の面影をお互い一瞬でさぐり合うような、そんな間があった。

「おひさしぶりです」「どうぞ、どうぞ」

やっぱり敬語はまだ抜けない。

約三十年ぶりに見たS君は、すっかり業界の人っぽい印象に変わっていた(大萩康司さんを

さらにワイルドにしたような感じ)が、同時にそこには、数々の困難をくぐり抜けてきた人のみ

が醸し出す”頼もしさ”が加わっているのが見て取れた。

 

 

卒業後から近況までをお互いザッと話した後、早速彼が撮った映像を観せてもらった。授業や

部活動に勤しむ現役高校生たちの表情がじつに活き活きとおさめられている。

ドローンを飛ばして上空から校舎を撮るなど、素人の私にはまったく未知の世界だったが、

今は割とよくやる手法らしい。すごいもんだナ、、、。

 

 

彼が帰った直後、私はすぐに校歌をギターソロにアレンジしたものを録音し、彼に送った。

「編集してみます」とのお返事だけ頂いて、私はその時目前に控えていた東京、神奈川での

コンサートに向け気持ちを切り替えるため、とりあえず一旦忘れた、、、。

 

 

あれはあれでよかったのかな?

などと時々気になりながら過ごしていたが、8月4日になってS君から電話があった。

S「映像の長さ的に、音素材がもうちょっと欲しいです。元気のいい部分があると助かり

ます。」

松下(以下M)「それだったら前に送った音源は演奏も不本意だし、音質も良くないので

スタジオで録り直しましょう。素材は用意します。」

 

 

素材を三つ用意し、サンプルとしてザッと録音したものをあらためてS君に送った。

それらの素材を彼なりに編集して映像に当てるうち、今度は別なアイディアが膨らんだようだ。

S「後半、もう少しおとなしめでいいかも」「校歌の最後のワンフレーズ、リフレインしては

いかがでしょうか?」

おおっ、きたな!プロデューサーのってきたぞ、、、本領発揮だな。

M「仮動画確認いたしました。的を得た数々のご提案、ありがとうございます!」「6日の

スタジオ、よろしくお願いします」

 

 

あかん、簡単だと思っていた4小節分のリフレイン、アレンジが結構むずかしい、、、。

 

 

そして8月6日、19:00前にレッスンを終え、ご指定のスタジオに向かう。

薄暗いスタジオで熟練っぽいエンジニアのおじさんに紹介される。

そして録音ブースに入りマイクの音量チェック。

スタジオの分厚いドアを閉め、ヘッドホンを通じ、Sプロデューサーおよびエンジニアと会話

する。ああ、久しぶりだ、、、スタジオのこの感覚、キライではない。

 

 

すべて編集無しのワンテイクで終了。よくやった、さすがオレ!

だがヘッドホンを通じ、Sプロデューサーの声。

S「リフレインの部分、やっぱりなくそう。映像とサイズが合わんかった」

M「、、、、りょーかいでーす(アレンジ苦労したのに!)」

ああ、久しぶりだ、、、プロデューサーにアシゲにされるこの感覚、、、キライではない。

 

 

一時間スタジオで過ごした後、近くの”もつ煮込み屋”に行き、ふたりで打ち上がった。

M「そういえば、自然教室に行った帰りのバスにカラオケが付いてて、君がアン・ルイスの

『六本木心中』歌ったのをよく覚えてる。」

S「あ!歌った気がする。よく覚えてんねー!」

M「いや、そんぐらいだな。覚えてんの、、、(笑)」

 

いつしか敬語はなくなっていた。

 

 

2018.8.10.(二〇一八年度福岡県立新宮高等学校同窓会の前日に)

 

 

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ポ~ケット~のな~か~には♪

 

だいぶ暑さに慣れてきたぜ!

という強がりから、とりあえず今日のブログを始めてみたい。

 

 

私が夏において冬よりも困るのは、”小物の所持”についてである。

カギ、財布、ティッシュ、ハンカチ、名刺入れ、パスポート、ペン、修正ペン、蛍光ペン等。

コンサートの時にはこれに音叉とカポダスト、紙やすりが加わることになる。

冬場はこれらのものをコートのポケットに入れて持ち運びできるのだが、夏はみんな一体

どうしているのだろうか?

これらを全部ズボンのポケットに押し込んだ日には、見た目がまるで土偶のようになってしまう

ではないか。

 

 

私が夏場でもジャケットを着ているのはじつはその為である。その結果、時として

「見てるだけで暑苦しい!」と非難されることになる。

「これら全部が本当に必要か?」

というご意見をお持ちの方も当然いらっしゃるだろう。その方々のために二品分だけ解説。

 

 

*【ペン、修正ペン、蛍光ペン】

楽譜の運指や注意書き(「6弦=D」とか「3カポ!」など)を譜面に書き込むのは鉛筆ではなく

水性ペンにしている。「鉛筆の方が消しゴムで消す事が出来る」と思う方も実際多いのだが、

消した後がなんとなく残るのがイヤである(筆跡のカタまで残りやすいシャープペンは論外)。

水性ペンで書き損じをした時に必要になるのが、修正ペン。難点は五線譜上で五線をかわし

ながら運指だけを抹消するのが、非常に高度な技術を要すること。

「摩擦で消せるペン」というのがあるが、ペンのくせに消せるなど”精神的いさぎよさ”に欠ける

点が気にくわない。しかもコピーした時のうつりがサチ薄いのも個人的に不満である。

蛍光ペンは”ダルセーニョ”や”コーダ”を色分けすると、曲の行き先が目で格段に追いやすく

なる。老眼&頭の回転が鈍くなりつつある50代手前の私には、とっても必需品♪。

 

 

*【パスポート】

お役所や銀行、もしくはなにかの会員登録時など、窓口のおねえちゃんから

「写真入りの”身分を証明できるもの”が必要となります」

と言われた場合、それは「”運転免許証”を出せ」と言ってるのとほぼ同義であり、免許証を

持っていない私はそのたびに人種差別を受けたかのように途方に暮れるのである。

そこでその対策(というか備え)として、持ち歩いているのが”パスポート”。

(葵の御紋を出されたかのような)コトの大きさに相手が一瞬ひるむのが多少の快感を伴う。

 

 

というわけで、私の大事な持ち運び袋として機能しているジャケット。

歩行中でも(歩きスマホのように)人に迷惑をかけず、その時必要なブツを手で探り当てられる

利点もあって、やはりこの夏も手放せない。

基本暑がらずの寒がり体質に私を産んでくださった両親に感謝。

 

 

それにしても暑いよ、この夏は!!

 

2018.7.31.

 

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