軌跡

 

なんて暑い夏だろう、、、。

生来寒がりの私は、この暑さ真っ只中においても「寒さよりは暑さの方がまし」と自信を持って

思えるのだが、、、、、、、、、、、、、、、、、だが、それにしても暑い!

 

 

一連のフォルクローレ九州ツアーがみなさまのお力に支えられ無事終了した。

チケットをたくさん売ってくださった方、当日ご来場くださった皆様、各地の主催者の方々、

そして木下ご夫妻、菱本幸二さんに対し、この場をお借りしてあらためてお礼申し上げたい。

 

 

ツアーが終わって充実感、疲労感のなかでしばし考える時間が必要だった。

私は一体何を求めて他ジャンルの方々との共演に足を踏み入れているのだろうか?

 

 

「”フォルクローレ音楽”を演奏したい」という欲求よりも、「”木下尊惇というひと”と一緒に

音を奏でたい」という気持ちの方がこれまで強かったことに今回あらためて気がついた。

仮に木下氏が邦楽器奏者だったら、私は氏と共演する為に邦楽の世界にためらいなく飛び込んで

いたことだろう。

 

 

「なぜ木下氏?」と問われても答えにくいが、理由の一つとして敢えて挙げられるのは、

氏の音楽活動が、日々の生活に根差した哲学をベースにした、いわゆる《実践者としての

視点》を伴ったものであるからだろう。実践者を突き動かすものは教典ともなる”哲学”かも

しれないが、私は実践者が試行錯誤しながら描く”軌跡”の方により強く惹かれる。

わたしは果たしてナマケモノだろうか?

 

 

教典にこだわらない私は、ジャズ・ギタリストの田口悌治氏、シャンソン歌手の愛川智子氏、

そして時には”クラシックギター”という楽器の化身ではないかとも思える池田慎司氏のことを

木下氏と同様に尊敬し、その軌跡を追うとは無しに追っている。

 

 

わたしは果たしてナマケモノだろうか?

 

 

2018.7.20.

 

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”コンサート”とは違うなにか、、、

 

怒涛の本番ラッシュ月間である7月が始まった。

こういう時はたえず”攻め”にまわらないと乗り切れないことは経験上知っている。

”アニメソングの帝王”と謳われた水木一郎がかつて河口湖ステラシアターにて『1000曲

ライブ』を敢行する前、24時間ライブを乗り切った吉田拓郎にアドヴァイスを受けに行った

ところ、「ぜったい水木、最初からワーっていった方がいいって」「セーブするのはだめだよ」

と言われて最初からボーンといったらしい。私の心に強く残っている”世の中の先輩ミュー

ジシャンのエピソード”のひとつである。

 

 

怒涛のラッシュを攻め気でいく決意をしている私だが、取り敢えず今日ひとつ終えた。

福岡市内のちいさなギャラリーで開催中の、知り合いの作家さんの個展会場でのソロ演奏で

あったが、せっかくの機会だからいつも出来ないことをやろう、、、と挑戦してみた。

四角い部屋の壁四面に、現在全国的に注目を集め始めている作家サトウアキコさんのキリガミ

作品が展示してあるのだが、部屋のど真ん中に演奏の場をセッティングし、私の周り

360度をお客様がイスで囲む、という形。これが第一の挑戦。

 

 

そしてあらかじめ配布したプログラムに以下の文面を挿入。

~本日の演奏は通常のコンサート形式とはちがい、演奏中どうぞご自由にお過ごしください。絵や作品をご覧になりながら、ご自由に歩き回られたり、あるいは腰掛けられたり、、、。演奏中ものおとをたてて頂いても一向に構いません。曲間の拍手もどちらでも結構です。曲は下記の順に演奏いたします。【エピローグ】の前のみ、奏者からみなさまに御挨拶差し上げたいと思います。~

そのようにお断りし、いつものコンサートにはない”お客さんの自由”を与えたのが第二の挑戦。

 

 

それぞれの挑戦が本日どのような結果になるのか、まったく読めなかったが、順にレポート

すると、まず第一の挑戦に関しては、、、

目の前のお客さんの数は減るのだが、後ろからお客さんの存在なり視線なりを感じることに

慣れてないので、いつもとは違う緊張感があった(笑)。

お客さんの視点からすれば、視線の先に演奏する私が居て、その先に向かい合って座っている

別のお客さんが見え、さらにその先の壁に展示してある作家さんの作品が見える。といった

非常に多層的な空間を感じながら聴いたはずである。

あと通常のコンサートでは、奏者の側面や後姿を見ながら聴くことのない”ギターという楽器”

で、そのような体験をしていただけたのは珍しいことだったかも、、、。

 

 

第二の挑戦。これは”コンサートのお客さん”が日頃与えられない自由を手にした時、どういう

行動をとるのか、あるいはとらないか、とれないか、、、をみてみたかった。

”通常のコンサート”という形式では、お客さんはある決まった慣習的振る舞いをすることで

守られている部分がある。いわば”作られた聴衆というスタイル”を守ったり演じたりすることで

あたかもその場に居る資格を得ているかのようである。

もちろんコンサート慣れしているお客さん達に、いきなり”普段はない自由”を与えたところで、

即座に反応できる人はなかなかいない。

ただ大切なのは、お客さんがその自由を手にしていることによって「今動こうか動くまいか」

「拍手しようかしまいか」などの葛藤が生じることで、これはその場に対し、通常よりも

能動的に参加している、と言えるのではないか。たとえ今回のように結局だれひとり動かな

かったとしても、、、である。

こういったことは二回三回と回を重ねて初めてなにかが現れてくる類のことだと思うし、機会が

あったら是非また挑戦してみたい。

 

 

第三の挑戦は、いつもお喋りの私がMCを一切とらなかったこと。

それによって何が起こるのか見てみたかった。

今回はプログラムが進むにつれ、その沈黙がどんどん重たくなっていき、次第にお客さんが

協力し合って、そのサイレンスを大切に尊重してくださってるような空気感が出来ていった。

そうか、山下和仁氏がMCをとらず、コンサート中、毎回蓄積していってるのはこれか!

未熟な僕には重いなあ、、、(笑)。

 

 

第四の挑戦は、初めて弾き語りをしたこと。

一曲だけですよ、、、。被害者の会が結成されなければいいけど、、、(苦笑)。

 

プログラムは以下の通り。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

*【プロローグ】ゆりかご(F.モンポウ)

*ガヴォットーショーロ(H.ヴィラーロボス)

*3つのカタルーニャ民謡

~『商人の娘』『アメリア姫の遺言』『盗賊の歌』(M.リョベート編)

*ヴェネズエラの童謡の主題による変奏曲(A.ラウロ)

*悲しきミロンガ(A.ユパンキ)

*エストレリータ(M.M.ポンセ/A.ユパンキ編)

*ワルツNo.4(A.バリオス)

*青いユニコーン(S.ロドリゲス)

【エピローグ】ラスト・ワルツ(L.リード&B.メイソン/武満徹編)

 

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ポンセ・イヤーに思うこと(疑似バロックの現代的あり方について)~その2

 

暴論の前に、、、。

私が前回から文中で使っている”疑似バロック作品”という言葉について一言。

「バロック時代の作品である」という前提のもと作られたこれらの曲と、近代の作曲家が

「過去のヨーロッパ舞踏曲に憧れ、あるいは形式やリズムを借りつつも自由に創作した」曲とは

私は区別して考えている。(前者の例としてM.ポンセ『イ短調組曲』『バレット』、F.

クライスラーが作曲した”プニャーニのスタイルによる諸作品”など。

後者の例としてA.タンスマン『サラバンド』、A.ホセ『メヌエット』、M.ラヴェル『ハイドン

の名によるメヌエット』など。)

 

 

作曲家が「素敵な作品を作ろう」とエネルギーを注いでる点ではどちらも同じだが、両者の間の

根本的な性質の違いというものが、弾けば弾くほど私の中で大きく膨らんでいくのをどうする

ことも出来ない。どちらが良い悪いとかいう話でなく、ただ”違う”という話である。

 

 

”疑似バロック作品”の扱いが一筋縄でいかないのは、1900年代初頭から現在までの間に、

古楽研究が飛躍的に進み、バロック音楽およびその演奏法に対する知識、意識に、当時とは

あまりにも大きな差が出来てしまっていることが挙げられる。つまり現代の眼で1900年代

初頭の疑似バロック作品を見ると、例えば「この部分はどうみてもバロックじゃなくロマン派

だろう」「ヴァイスのスタイルと言ってるが、ヴァイスでこの部分はあり得ない。むしろスカル

ラッティじゃない?」みたいな話になるのである。

現代の眼で見た時、その辺のことは”ご愛敬”で済ませるのも必要な部分だと思うが、大切なのは

現代の私たちがそれらの作品にどのようにアプローチするか、であると思う。

 

 

ここで作曲者ポンセの感覚を想像してみたい。

自分が創作した”疑似バロック作品”を演奏するのは、ほかならぬA.セゴヴィアである。

ギタリストに関する他の選択肢は、おそらく作曲者にとって当時無かったはずだ。

セゴヴィアはルネッサンスからバロック、古典、ロマン派、近代すべての時代のヨーロッパ

音楽を片っ端から《ロマン派スタイルのみ》で弾ききったヒトである。

自分の作品が、セゴヴィアの演奏で命を吹き込まれた時どのようになるか、ポンセはよ~く

分かっていたはずである。

 

 

そこで本日の暴論である。

バロック作品のつもりで作ってはみたが、作曲者、演奏家共にロマン派的要素が刻印された

これら出来損ないの名曲たちを”疑似バロック作品”という別ジャンルとして認めてあげよう!

という”上から目線満載”の提案である。

つまり「セゴヴィアのようにゴテゴテのロマン派スタイルで演奏することで、これらの曲は

真価を発揮する」とひらきなおるのだ。

すっきりするよ(笑)。別ジャンル、別ジャンル、、、。

 

 

バロック弾きたいヤツは、バッハとかヴァイスとかムルシアとか弾けばいいじゃない。

ポンセにそれを求めること自体、入り口が間違ってたってことなの!

(コカ・コーラに健康を求めてカロリーオフに走るように、入り口そのものが間違ってんの!)

たとえば戦時中、戦後すぐの頃の、日本におけるタンゴの”愛され方”ってあったよね。それって

現代から見ると勘違いも多かったかもしれないけど、アルゼンチン本家とは違う別ジャンルの

音楽として見たとき、立派な文化だと思うのよね。

 

 

”文化”というものが日々の積み重ねの中で堆積していくものだとしたら、本来の目的と違う

ところで成立したとしても、それが繰り返し愛され、積み重ねられたら、それは”文化”と呼べる

ものなのよ。もちろん文化にも《いいもの》《よくないもの》はあるとおもうけど。

”文明”というのは持ち運びが可能なもので、”文化”というのは本来それが生まれた土地から切り

離せないものだ(と、武満さんが言っていた、、、)。大切なのはよその土地の本家をそのまま

持ってくることではなく、その影響を自分の土地にどうフィードバックさせるかではなかろう

か。

 

 

話がだいぶ逸れてしまった。

そうそう、、、”疑似バロック作品”へのアプローチね。

私が出来ないこととして他者に期待するものとしては、、、

 

*ポンセの未完の作品(ニ長調組曲「ジーグ」)を現代の眼と知識で補筆し、蘇らせる

”鈴木大介氏がやってるようなアプローチ”

 

*古楽器奏者でS.L.ヴァイス、A.スカルラッティなどを専門的に研究した人が、ポンセの

”疑似バロック作品”をアレンジし、”よりヴァイス的に、よりスカルラッティ的に古楽器で演奏

するようなアプローチ”

 

特に後者はポンセの書いた音に和声的、音型的変更を施すことすら辞さない演奏の登場を

期待する(古楽界からギター界へのフィードバックとして期待)。

これだけの可能性があるジャンルだとすると、”疑似バロック作品”も捨てたもんじゃないね。

 

(おわり)

 

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ポンセ・イヤーに思うこと(疑似バロックの現代的あり方について)~その1

 

近代メキシコの作曲家、マヌエル・ポンセ Manuel Maria Ponce (1882~1948)は、スぺ

インのギタリスト、アンドレス・セゴヴィア(1893~1987)の為に数多くの作品を残したが、

没後七十年となる今年は、年後半に向けても様々な《出版物》《録音》《企画演奏会》が世に

発表されることであろう。

 

 

ギター曲に見るポンセの作風というものはスタイルとしていくつかあるが、大まかに分けると

「バロック的なもの」「古典的なもの」「ロマン派的なもの」「近代的なもの」の他に

「民族主義的素材にフランス近代和声を散りばめたもの」などもある。

だが基本的にはこの時代の多くの演奏家、作曲家がそうであったように非常にロマン

ティックな作風スタイルであった。なお調性のワクの中でいろいろ実験することはあっても、

無調に行くことはなかった。

 

 

ちなみに今回言及したいのは、数多いポンセ・レパートリー(ギター曲)の中でも、曰くつきの

”疑似バロック”作品についてである。

『古風な組曲 Suite Ddur(1931)』『イ短調組曲 Suite Amoll(1929)』の他、単品で伝

えられてる『前奏曲 Prelude Edur(1929)』『バレット Balletto(1929)』などは、ご存

知の方も多いように A.スカルラッティ、S.L.ヴァイスなど、バロック時代の作曲家の作品が

”発見された”という名目でセゴヴィアのコンサートにおいて発表されたが、その内実はあくまで

ポンセのオリジナル作品である。

 

 

セゴヴィアとポンセによるそのような共謀(いたずら)が行われた動機は様々あるだろうが、

とりあえず考えられるものとしては、、、

 

①当時ヴァイオリニストのクライスラーがそのようなことをやっていたのを見て、同じような

いたずらをしてみたくなったセゴヴィアがポンセにもちかけた。

②セゴヴィアとしては一晩のコンサートプログラムを、一人のお気に入り作曲家(ポンセ)の

作品で占めるよりは、時代や作曲家に外見上のヴァラエティを持たせたかった。

③専門家の目を欺けるほど、バロック音楽に精通した作曲技法を駆使できるかどうか試して

みたかった。

 

などではなかろうか(あくまで推測)。

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ポンセ・イヤーなどとは関係なさそうであるが、近頃レッスンで『前奏曲』『バレット』を

聴かせて頂く機会が不思議と多い。

そうした中で考えれば考えるほど、これら”疑似バロック作品”に対するアプローチはふたつの

選択肢があるのを感じる。

ひとつは、【現代における古楽的認識に基づいた演奏】

もうひとつは、【作曲当時(近代)のヨーロッパに蔓延していた、ロマンティックアプローチ

に基づいた演奏】

 

前者は現代の古楽奏者的観点で作品分析し、アーティキュレイトしていくやり方。後者は

リョベート、セゴヴィア、バリオスのような演奏スタイルで作品にアプローチしていくやり方。

あなたはどちらだろうか?

 

というわけで、次回はひさびさに暴論的持論を展開の予定、、、。

 

(つづく)

 

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ケイタイ電話と私

 

とりあえずケイタイ電話の話である。未だに持っていない私、、、。

うちの固定電話で用は足りているし、スマホも含めて持ちたいと思ったことが未だかつてない

ので、持ったことがない(お金もったいないし、、、)。

ただそれだけの話である。

他意はない。

ホントです。

 

 

ところが持たない状態を長年続けていると、「自分の信念や主義、主張のためにケイタイを

持たないひと」と見なされることが多いのに気付く。まるで私の存在そのものがケイタイや

スマホに対する抗議活動の象徴のように見なされるケースが結構あるのだ。

 

 

かつて某著名ピアニスト(男性)を囲んだ宴席にはべらせていただいた時、ホスト役の方が私を

紹介する際に、

「ちなみに彼はケイタイ電話を持っていません。」

と言った途端、なぜかピアニストの奥さんに火がついた。

「私、自分の都合でケイタイを持ってない人ってすごくイヤなのよね。周りの迷惑を考えてない

のかしら。主義か主張か知らないけどホント身勝手よね。」

と、散々だった。

 

 

おそらく彼女が過去に出くわした”ケイタイ電話持たないひと”は、主義、主張が強烈にある方

だったのだろう。私も同類と見なされてしまったのだ。でも私の場合、他者が持つことに関して

本当に何とも思わない。なぜ”持たないこと”イコール”抗議活動”のように見なされるのか。

持ってる人を非難したことなど一度もない。

別な言い方をすれば、私は変わらず、周りが時代と共に変わっただけである。

 

 

「松下がケイタイを持ってないのはけしからん!」

という意見が出て、さるギター協会をクビになりかけたこともあった(その後別の理由で退会

して既に数年経つが、、、)。

会社などの組織の場合はやむを得ないであろう。

だがまさか自営業者同士による手弁当的集まりの”ギター協会”で、、、。

『”時代と共に”変化しないこと』は、そんなに罪なことなのだろうか?

 

 

いっぽうで、持ってない私を見て

「自分は現在持ってるけど、本当は持ちたくないし、あなたのように持たない方がいいと思う

んです。どうぞご自分を貫いてください。」

などと励まされる場合も多い。

でも私の場合、ふとしたきっかけで明日から持っているかもしれない(笑)。

自分の中にキッカケがないから持たないだけであって、持たないことがいいことだとは別に

思っていない。

「周りが持っているから、、、」

という理由だけでは私の場合キッカケにならなかっただけの話である。

 

というわけで、現代日本社会においてほとんど共感を呼ばないであろう今回の話題であった。

 

2018.5.30.

 

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